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何を話せばいいのかわからない人のための雑談のルール

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     これまたとんでもなくいい本に巡り会えました。
     みなさんはどんな雑談をしてますか?
    僕は雑談が苦手でした。仕事の休憩時間などで狭い部屋に他の人も休んでいると何か雑談しなきゃならないとなると憂鬱でした。面白い話も出来ないし、何かこれといって話題もないし、沈黙になるのがつらいし、迷惑になるんじゃないか?それならはじめから話さなければいいとあまり積極的に人と話そうとしませんでした。しかしそうやっているとあまり仕事場の人とも仲良くなれずに、仕事もあまりうまくいきませんでした。
     引っ越しの助手をしているときはドライバーの眠気覚ましに話しかけることが求められました。しかし普段からあまり人と話さないので、あまり会話も続かず困りました。
     ナンパをしてみようとした時も、初対面の女の子と話すのにもたどたどしく、ほとんど失敗しました。自分自身の口下手さを痛感しました。
     そこで買ってみたのがこの本。
     著者の方も雑談が苦手で、30歳までうだつのあがらない営業マンとして低迷していたようです。しかしその後、コミュニケーション能力を鍛えるための講座などを受け、月収20万円から100万円になるまでに急成長しました。そのときに培ったことから、「雑談」の重要性に気づいたとのこと。
     実は「雑談」というものは仕事に家族に学校に人生に関わる重要な要素でした。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

     【目次】
    Chapter1:雑談はなぜ必要?
      雑談が苦手な人は、全体の何割いるの?
      中身のないくだらない話は、するべきではない?
      合理的に生きると逆に損をする
      雑談をすると嫌われますか?
      雑談の目的は親密さを深めること
      損得だけの関係にしたいんですか?
      無駄口たたく暇があったら仕事しろ!という会社は潰れます
      目的別の5種類の雑談とは?
      雑談が嫌いだった20代の頃
      私を救ったNLPとは?

    Chapter2:雑談の基本を身につけよう!
      雑談のために必要な準備は、書くこと
      雑談の切り出しは天気ネタから
      相手の価値観を知るために、趣味の話を話題にしよう!
      その他の雑談ネタ
      雑談は肩の力を抜くのが大事
      相手の名前を連呼していますか?
      雑談は否定的な話で終わらせるな
      相手の気分を簡単に明るくする方法とは?
      相手を魅了する最高の話題とは?
      印象に残らない、間違った自己紹介とは?
      興味を引きつける自己紹介とは?
      自己紹介のフォーマット
      食べ物と組み合わせた効果的な自己アピール方法
      あなたを印象づける別れ際の一言とは?

    Chapter3:雑談の応用技術
      口の重い人をしゃべらせる技術
      本質を聞き出すメタアウトカム・クエスチョンとは?
      多くの人の心をつかむ話し方とは?
      人を不快にさせる「最近の若いやつ」
      雑談は連想ゲーム
      困ったときには質問返し!
      相手の自己重要感を満たす秘訣とは?
      年上の人との会話に詰まったら、自分が詳しい話をひたすらする
      短時間で心の壁を取り払うには?
      失敗談や悩み事を打ち明ける際に使うといい前置き言葉とは?
      愛される人になる秘訣とは?
      五感を使いこなして会話しよう
      あの人とかみ合わない理由はこれだ!
      名前を思い出せない!気まずいときの対処法とは?(ビジネス編)
      名前を思い出せない!気まずいときの対処法とは?(プライベート編)

    Chapter4:雑談を盛り上げる聞き方の技術とは?
      雑談を支えるのは聞き方の技術
      こんな間違った聞き方をしてませんか?
      波長合わせの技術をマスターしよう
      自分が言いたいことは飲み込め!
      声の波長を合わせよう
      体の波長を合わせるなら、アゴの動き!
      話の輪に割り込むときの技術とは?
      生徒になって価値観を掘り出そう!
      つまらない雑談と話が盛り上がる雑談の差とは
      気まずい沈黙を使いこなそう!
      「沈黙」は何のサインか知っていますか?
      面白い雑談のコツとは?
      聞き上手の子供はどうやって育つ?

    Chapter5:ビジネスで使える雑談の技術
      一期一会を大事にするな!
      接触回数が大事
      雑談上手になるには、まずは自分が客になれ
      売れない営業マンの共通点とは?
      雑談力は、人間性を伝えるツール
      雑談ネタに困ったときの最終兵器とは?
      相手の口が重いのは、ある「病気」が原因?
      しゃべらない相手への質問技術とは?
      ビジネスではひと仕事終えた後の雑談が重要
      いつも上司に否定されてしまう、その裏側にあるのは?
      アイデアを生み出す7つのステップ
      会社を活性化させる、雑談を使った会議とは?
      大勢の人が参加する場で大切な気配りとは?

    Chapter6:雑談上手になるためのメンタルテクニック
      ポジションを意識しよう
      人から好かれたいと思ったら?
      完璧主義度チェックリスト
      他人の評価のために生きていませんか?
      完璧主義から抜け出すには?
      あなたもコミュニケーション講師になるかも?
      年収750万円までは幸せ?
      雑談が本当に必要な場とは?
      本を有効に人生に生かそう
      アウトプットしよう
      元気を与える存在になってください

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    P182
     会社を活性化させる、雑談を使った会議とは

     会議などで「ブレーンストーミング」をやったことがある、という人は多いと思います。
     ほとんど雑談レベルでいいので、思いつきをどんどん出していく会議の方式です。
     ブレーンストーミングは「創造的集団思考法」ともいわれます。
     問題に行き詰っていてなかなか良い解決法が出ない場合や、新しいアイデアが欲しい場合などによく使われます。

     ブレーンストーミングの基本
     ブレーンストーミングは、省略して「ブレスト」と呼ばれます。
     ブレストという自由討論方式で多くの意見を出し合う上で、基本的なルールが3つあります。

     ・どんなに突拍子もない意見でも、数を多く出すのを目的とする。
     ・意見の批判や評価をしない。
     ・話し手が話し終わるまで、他の人は口を挟まない。

     この3つの前提を守ることで、自由な意見が生み出されていくのです。
     ほとんど雑談のような話を皮切りに、自由な発想が生まれて、大ヒットしたという例は枚挙にいとまがありません。

    「うちの社員は、会議でも意見が出なくてね」
     こんなふうにこぼす経営者や管理職は多いのですが、これは、批判したり、口を挟む上司に原因があります。
     人は本来、自分の意見が批判されずに聞いてもらえると、気分がどんどん前向きになり、積極的にアイデアを出していくものです。
     しかし、出た意見に対して、
    「それはいくらなんでもひどすぎるよ」
    「そんなのできるわけがない」
     と、批判的な意見や否定を、管理職が言い出す社風だと、積極的に意見を言わなくなり、ブレーンストーミングは盛り上がらなくなります。

     以前、会社員時代、ブレーンストーミングを始めると、それまで暗い顔をしていた人達が、積極的に「あれも、これも」とアイデアを出して、みるみる明るい表情になっていくのが印象的でした。普段あまり話さない人から、画期的なアイデアが出たりもします。
    「うちはみんな積極性が無い」
    「アイデアが出ない」
    「社員がみんな暗い」
     そうお悩みの経営者の方、管理職の方は、普段から自分が社員の意見を批判や否定ばかりしていないか、振り返って確認する必要があります。
     部下にアイデアや意見が無いわけではなく、
    「言っても同じ」
    「また否定されるだけ」
     だから意見を言わなくなるのです。

     社員から積極的にアイデアや意見を引き出して明るい職場にしたいなら、雑談ができる場を定期的につくってみてはどうでしょう?
     そのときは、必ず自分は批判や否定をしないのはもちろんですが、たくさんほめることを心がけて、臨みましょう。
     みるみるうちに、社員の様子が変わっていくのが感じられると思いますよ。

    (僕の感想)
     思い返せば、僕の家はあまり雑談のない家庭でした。母や妹とはちょくちょく話しもしていましたが、父は口を開けば「勉強しろ!」「勤行あげろ」とかの命令口調。していないとなると、「御本尊様を拝まん者のは、罰が当たるぞ!「わしの言うことを聞け!」とか否定とか行動を強いる言葉ばかりでうんざりして、あまり父親とは話す気になれませんでした。母親も僕が宗教行為を拒否してからというもの、「勤行やってみたらいいこと起こるよ?」「このままじゃだめになるよ?」と言ったようにしつこく家庭内勧誘をしてきて、雑談をする気にならなくなっていきました。
     父親と母親も、黙って子供の話を聞くということが出来なくて、何かしら言葉を挟んできたり、否定しにかかったりしてましたね。雑談のあまりない家庭に育つと、必然的に雑談能力のあまりない人間に育つようですね。
     結構こういった事例は、世の中に多いのではないでしょうか?ネットでも人と話すのが苦手だという人もよく見かけます。また自分で「俺は私はコミュ力がある」と自負しているような人でも、ちゃんと人の話を聞けてなくて自分の話ばかりをしていたり、人の話を否定しにかかったりする人はちょくちょく見かけます。
     参考になる人は僕以外にも結構いるのではないでしょうか?


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    P192
     ポジションを意識しよう

     話を聞くとき、人は3つのポジションのうち、いずれかの態度で聞いています。

     ひとつは、第1ポジション。
     人の話を聞いていながら、自分に意識が向いている状態です。
     例えば、「昨日、先方との契約が先延ばしになった件で、部長に怒鳴られちゃってさ〜、ホント嫌になっちゃうよ」
     と、同僚が話していた場合、あなたはどう反応しますか?
    「俺も同じ目に遭ったなあ、さんざん怒られたな〜!部長は怒ると怖いからなあ」
     このように、自分のことに意識が向いているなら、口には出さなくても第1ポジションの状態です。
     2つ目は、第2ポジション。
     相手に意識が向いている状態です。このポジションがもっとも重要です。
     先ほどの例だと、こんな反応になります。
    「そうなんだ〜、そりゃあ大変だったろうなあ。どんな気持ちだったんだろう?その後、どう対応したんだろう?」
     このように、相手のことに意識が向かう状態なのが第2ポジションです。
     人と信頼関係を築くためには、第2ポジションで話を聞くことが大切です。
     自分に意識が向いている第1ポジションで話を聞いていると、自分の興味で質問を始めたり、相手が話している途中でも、言いたいことを挟んでしまったり、挙句の果てに説教をしたりしてしまいます。
     例えば何も口に出さなかったとしても、「この人は自分の話をちゃんと受け止めてくれていないな」というのは非言語で伝わります。

     そして、最後は第3ポジション。
     第3ポジションは、「全体レベル」で話を聞いていること。
     全体レベルとは、話してや聞いている自分だけでなく。話し手に関係する人たちにも意識が向いている状態です。
     先程の例で言えば、
    「なるほど。◯×部長に叱られて嫌な気分になっているんだな。部長は先方との契約が先延ばしになったことでどんな思いをしたんだろう?」
     当事者以外の人のことにも意識が向けられているのが第3ポジションです。
     指導者は、第3ポジションのレベルで話を聞くことも必要になってきます。
     まずは相手の話を「そうなんだ。部長に叱られて最悪の気分だね」と十分に受け止める。
     その後は「ところで、契約が先延ばしになって、部長はどんな気持ちだったんだろうか?」と、話に出てくる関係者にも焦点を当てます。
     そうすることで、話し手は、
    「今月は会社の今後を左右する大切な時だって言ってたな。この契約が先延ばしになると部長も落ち込むよな。立場がない状態になったのかもしれないな」
     自分の気持だけではなく、部長やさらにその上の立場の人や、取引先全体のことを考えて、自発的に行動できるようになるかもしれません。
     話し手が、自分以外のことに焦点を当てて物事を考えられるきっかけを与えることができるのが第3ポジションです。
     問題解決につながり、関わる人にベストな案も生まれるでしょう。

    (僕の感想)
     僕は大分第1ポジションで物を考えていました。
     高校生のとき、度の強い近眼メガネをかけることで気持ち悪がられました。1年くらいはなぜ突然目をそらされるようになったのか、気持ち悪がられるのかがよく分からなく悩みに悩みました。アゴのかみ合わせがいけないのか、表情筋が悪いのか、自分自身に対する意識ばかりが強く、大人になった今でも気にしていました。集団ストーカーやネット晒しなどもされ、笑いものにされています。外に出ると、初めて見る人からあからさまに目をそらされたり、「うわぁ、目を合わしちゃったよw ギャハハハww」といったようにこちらの気持ちを省みない心無い人達ともよく会います。
     そんなこんなで「こいつら全員殺したい…」「俺がこんなに怒るのは当然のことだ」「表情が険しくならないように気をつけよう」。この項目を見て、自分に対する意識が強くずっと僕は第1ポジションにとどまっていることが多かったんだな、ということに気づきました。
     第2ポジションを意識していても、ついつい表情筋や目が暗くならないように見開いていようと気をつけていたりして、逆に緊張して顔が険しくなっていました。
     「なぜ俺は第2ポジションに上がれないのか?」と悩んでいましたが昨日ふとした瞬間に、「俺はごちゃごちゃと考えすぎてたんだな」気づきました。もう無心です。そういう自分自身の内省や心、体のことに対する意識は完全に無視。脳内で黙っていることにしました。それよりも周りのことへと意識を向けてみました。すると、長年患わっていた強迫神経症のような悩みが解けました。
     禅宗の座禅を組むときに、無心になり周りの木々の音や鳥の鳴き声に耳を澄ませ、という教えがありますが、まさにそれでした。
     松橋さんのおかげで、長年抱えていた心の悩みが晴れて、大変ありがたいです。
     世間でも、「俺は勝ち組だ」「負け組だ」「リア充だ」「非リア充だ」「俺はあいつよりもマシだ」「あいつより劣っている」「私は輝いている」「鬱だ…」といったような声が聞こえてきます。これはまさに第1ポジション、自分にだけ意識が向かっている状態、人の目が気になってしょうがない状態ですね。結構こういう人はいます。
     相手やそれに関わる人々にも意識を向けるようになれば、世の中に明るい顔をした人も増えますね。
    葉風 * 読み物(生き方) * 01:15 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

    なぜか人から「大切にされる人」「無視される人」 その6

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         第4章 人を認める人は、人に認められる


       1.「期待される人」が、伸びてゆく心理

       人は、自分に好意を抱いてくれる人に好意を抱く。自分が相手を認めれば、相手も自分を認めてくれる。これは対人関係の基本である。

       とくに先輩や上司など、自分より立場が上の人に認められると、自分を認めてくれた人への好感度が高まるばかりでなく、(その人のためにも頑張ろう)という気持ちが芽生えてくるものだ。

       アメリカで次のような実験結果が報告されている。

       小学生に学年のはじめに知能テストをしてもらい、新しい担任の先生に「将来伸びる可能性があるのはこの子たちです」と、何人かの子どもたちの成績を教えた。それから一年後に再び知能テストをしたところ、担任に伸びると教えた子供は、テストの成績がよかっただけでなく、学習意欲も向上していた。

       ところが実際は、「この子は伸びる」と教えたのは、五人に一人の割合でランダムに選びだされた子供で、はじめのテストの成績も実際よりも高い点数に書き換えられていたものだった。

       なぜ、「この子は伸びる」と教師に教えた子供の能力が、伸びたのか。

       その理由として、成績が伸びると言われた子供への教師の機体が日常のしぐさや態度に表れていたことが影響したと考えられている。この実験を行った心理学者のローゼンソールは、「人は常に相手の期待に対して敏感に反応するからだ」と説明している。

       心理学では、周囲の人がある行動を期待し続けると、その人物は実際にその期待に沿うような行動をとるようになるという効果を認めており、それを「ピグマリオン効果」と呼んでいる。

       ピグマリオンとはギリシャ神話に登場するキプロスの王様の名前である。ピグマリオン王は彫刻の才能に優れていて、素晴らしい女性像をつくったが、その女性像があまりにも魅力的だったので、この像を現実の人間に変えたいと熱烈に願うようになった。この様子を見ていた神は、ピグマリオンを哀れに思い、女性像に生命を与えてやった。そのおかげでピグマリオンはめでたくこの女性と結婚することができた……という話から、こういう言葉が生まれた。

       ピグマリオン効果に従えば、部下や後輩に対して、

      「君はやればできるだけの能力を持っている」

      「この仕事はキミに任せておけば安心だ」

       などと、ことあるごとに相手に期待していることを伝えれば、彼らはその期待にこたえるように動いてくれるようになる、ということだ。

       先輩や上司の期待に答えようとした結果が、自分の評価や好成績につながったとしたら、本人はどう感じるだろう?

       仕事への自信がつくだけではなく、

      「この先輩についていけば、大丈夫だ」

      「この上司のおかげで、自分は成長することができた」

       と、相手への信頼感や安心感を抱くのではないだろうか。


       2.「ほめて」「評価」と、責任感が生まれてくる

      「部下や後輩には、がんばれ、やる気を出せ、といつも励ましている」

      「俺はキミに期待しているからこそ、ときには厳しいこともいう」

       ……しかし、ピグマリオン効果は自分が期待していることが相手に伝わってこそ、効果が発揮される。要は、「期待していること」がきちんと伝わっているか否か。

       例えば、「がんばれ」「やる気を出せ」と、いつも尻を叩いていても、部下や後輩からすれば「いつもうるさいなあ」と疎まれているだけかもしれない。「上司が期待しているから」ではなく、「やらないと上司がうるさいから」というのでは、いくら仕事を頑張り成績が伸びたとしても、いい人間関係とはいえない。

       「期待しているからこそ、厳しくいう」というやり方も、それ以前にお互いの間にそれ相応の信頼関係が築かれていないと難しい。あらかじめ、

      (彼は自分に期待しているかいってくれるのだ)

      (厳しいのは自分を認めてくれていることの表れだ)

       ということが部下や後輩に伝わっていないと、効果が得られない。

       部下や後輩に「期待している」ことをちゃんと伝えるためには、やはり「相手をほめてやる」「評価してやる」ことが大切だ。

       先輩や上司から見ると大したことではなくても、

      「それくらいできて当たり前」

      「もっとできるはずだ」

       という態度ではなく、

      「ほう、よくがんばっているな。その調子で頼むぞ」

      「うん、最初からここまでできるとはたいしたもんだ」

       などと、ちゃんと言葉にして評価する態度を。

       たとえ相手の仕事ぶりに百パーセント満足していないとしても、まずはできたことをほめてやること。そのあとで、

      「ここをこうやると、もっとよくなる」

      「こういうふうに工夫してみると、よりスムーズに進むぞ」

       とアドバイスすれば、「なるほど」と素直に納得してくれるだろう。

       そのとき、軽く肩を叩く、腕を触れるなどのスキン・シップを取り入れると、より効果が上がるることも証明されている。

       同じアドバイスやためになる忠告でも、「自分を認めてくれる人」「評価してくれる人」の話は聞くが、そうでない人の話は、反発したり、適当に聞き流したりしてしまうのが人の心理だ。

       くちでいくら「期待している」「君はできる」といっても、そのときに視線を合わせようとしなかったり、わざとらしい口調でいったりしたのでは、本気にしてくれまい。

       相手のそばに寄って、

      「俺は君に期待しているんだからな」

       といいながら、肩をポンと叩くなどのしぐさをとり入れると、こちらの気持ちがより伝わりやすい。



       3.「一貫性のある人」が、仕事の場で一目置かれる

       先輩と後輩の関係には、微妙な心理がお互いに働いている。

       同年の友人ならば、一緒にいて楽しい、話が合う、というだけで仲よくなれる。

       しかし、相手が職場の先輩、歳の離れた人、という場合は、「仕事ができる」「頼りになる」といった尊敬や安心感など、自分が「一歩下がった」感情も重要になってくる。

       逆にいえば、後輩から好かれ、認められている人というのは、尊敬や安心感を抱かせることのできる人なのだろう。

       実際に「仕事が出来る人」であれば、「◯◯さんはすごい」と後輩は一目置いてくれるだろう。

       では、「自分はとりたてて仕事ができると評価されているわけではない」という人は、部下や後輩から尊敬されたり、認められたりすることなど諦めたほうがいいのか……。実際には、「仕事のできる人」だけが部下や後輩から尊敬されているわけではない。

       仕事の能力そのもの者がそれほど優れていなくても、何かと面倒見のいい先輩、他の先輩や上司とうまく調整をとってくれる先輩は、後輩から頼りにされ、親しまれる。いや、むしろ、そういう能力の長けた先輩のほうが後輩にとってはありがたいかもしれない。

       部や課のグループ内の人間関係にまで気を配り、仕事がスムーズに運ぶように調整してくれる先輩は、後輩の立場から見れば、「役に立つ」貴重な存在だ。

       それでは仕事場における調整能力の高い人とは、どういう人をいうのか。

       まずは、「人への接し方に一貫性がある」ことが、第一条件になりそうだ。

      「上司に対してはペコペコしてなにもいえないが、部下に対しては平気で怒鳴り散らす」という態度では失格。古今東西、「上にばかりいい顔して、下には威張りくさる」タイプは、もっとも嫌われる。

       また、自分になついてくるAは可愛がるが、あまり話にのってこないBのことはまるで無視するという態度も、長い目で見るとうまくいかない。Aくんからは頼りにされるかもしれないが、あまりに露骨にひいきすれば、Bくんのみならずその他の者からも信頼を得ることはできない。

      あるいは、機嫌のいいときはニコニコ顔で冗談にもつきあうが、虫の居所が悪いときにはちょっとした私語でも「無駄口をたたくな!」とにらみつけてしまうような人も、そのとき気分次第の「一貫性のない人」だ。

       このように、相手や場合によって付き合い方や態度を変える人は、周りに人にとってはどう接していいのかが読みづらく、人に好意を持たれにくい。そういう人からは、部下や後輩たちは離れていくのは当然だろう。

       親や先生、上司といった目上の人に対して、下の人は、

      「自分を公平に扱ってくれるか」

       ということを非常に気にする。

       つきあいかたに一貫性のない、つまり公平さを書いた先輩は、「尊敬に値しない人」と映るわけである。


      葉風 * 読み物(生き方) * 17:13 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

      なぜか人から「大切にされる人」「無視される人」 その5

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          4.能力主義もいいが、公平分配も忘れない

         「権力は人を動かす」というのは、歴史が現代人に教えてくれるもののひとつだろう。しかしこれを逆から見れば「人は権力に動かされる(翻弄される)」ということであろう。
         そこで指導的な立場にある人間は、成果を上げたものに褒美を与え、成果をあげられなかったものに罰を与えることで競い合わせ、より大きな成果を得ようとする。これが、いわゆるアメとムチのよる支配だ。
         けれども、現代の真っ当な企業は、そういうバカげたことはしない。
         一流企業は、務めていること事態がステイタスであり、おまけに給料が高く、生活の安定もある。それがアメである。そのうえで、頑張れば、さらに甘いアメがもらえるのであろう。これほどの褒美にくらべて、ムチとしては、せいぜい子会社に出向させられる程度だから、現代は、アメとムチの落差が小さいといえそうだ。
         実際の話、人と人が協力して仕事をしようとする場合、先輩と後輩、主任と係長など、一応の上下関係はあっても、ともに納得できる条件や環境の中での上下関係でなくてはならない。権力者然として、ムチを使って力ずくで従わせれば、その時はいい結果が出たとしても、後々の信頼関係を崩してしまい、長い目で見ればいいことはない。
         最近よく言われる能力主義、競争原理というのは、どちらかといえば「アメとムチ」の仕事のやり方であり、それぞれの成果は天と地ほどのギャップがあっても許される。これはアメリカ型といえるだろうが、その陰に隠れてしまっている「公平配分」の考え方も忘れてはならない。
         チンギスハーンは、配下の人間に対し、働きに応じて必ず、公平に褒美を与えたといわれている。これが彼が大きな権力を持つに至った政策=公平配分だ。
         会社では褒美や罰だけでなく、やるべきこともできるだけ公平にすることが大切で、
        「○○くんがこれ、△△さんはこっち、そっちはたいへんだから××くんと□□さんのふたりでやってくれないか?早く終わった人は他の人手伝ってな」
         というように、不公平感のない分配が出来る人に、人は集まる。
         リーダーのなかには、自分が可愛がっている人ばかりひいきして”美味しい仕事”をまわす人もいるが、そういう人は結局、人気も信頼も得られない。仕事の指示をしても「どうせ私たちにいうんだから、面倒なことなんでしょう?」と、部下のやる気を削いでいる。
         ただし、公平というものをはき違えてはいけない。
         同じ八時間働いたとしても、その量と質を加味しなくてはいけない。公平というのは、同じ物差しで計るということであって、経験の浅い人とベテランを同じに考えてはいけないのだ。仕事の中身が違えば給料が違う………それも公平分配の原則だろう。
         仕事の場における「能力主義」「競争原理」という考え方は大切だが、それだけを信じて「ガンガン仕事をして自分だけがアメをもらう、それでいい」と思っては、うまくいかない。これに「公平配分」の考え方をバランスよく取り入れてこそ、周りの人にも協力してもらえ、本当の「甘いアメ」を得られるように思うのだ。


         (中略)


         9.「してあげる」のではなく、「一緒にやる」に効果あり

         最近の親は、お節介すぎるという話をよく聞く。子供がちょっとでも困っているとすぐに手を出して、自分で解決してしまうのだそうだ。
         子供は自分で「どうしよう」と悩み、「こうしてみよう」と思って失敗し、「それなら、こうやってみよう」とがんばる。そういう「訓練」を繰り返すことによって、徐々に成功へのプロセスを歩むのだが、お節介な親はその機会を奪っていることになる。
         知人から聞いたところでは、若い親たちのなかには子供が遊んでいるテレビゲームをとり上げて遊び、「パパってスゴーイ!」といわせて満足顔をする父親がいるそうだ。これでは、どっちが子供かわからない。
         職場の関係でも、お節介は歓迎できない。
         新人や新しい仕事を与えた部下や後輩が心配でしかたがないことはあるだろう。後ろで見ていると、一言いわずにいられなくなり、
        「ちょっと、違うよ。そこはそうじゃなくて……」
         と、つい口を挟みたくなる。
         子どもの教育ではないから、そういうお節介をしてでも、時間を節約する必要性もあるかだろうが、教えなくてはできない社員を増やすのは長期的に見ると、必ずしも賢い指導法ではないように思う。
         歯がゆくても我慢して、自分で気づくまで待ってやるのも、上の人間の度量の大きさと思って、じっと耐えるべきところかもしれない。
         お節介の中で一番悪いのは、
        「まだできないのか。しょうがないなあ、オレがやってやるよ」
         という、ある種の甘やかしである。
         こういう接し方をすると、新人は「ありがとうございます」と最初は感謝するものだが、だんだんそれが当たり前になり、感謝もしなくなり、「先輩、おねがいしますよ」と、平気で言うようになり、人を頼ることが日常業務と錯覚しかねない。
         実際の話、「○○先輩は、頼んでもやってくれないんですよね。力の出し惜しみをしちゃって」などと、勘違いなことを言い出す新人もいる。こういうお節介というのは、その新人だけでなく、職場全体のことを考えても、ためにならないことのほうが多い。
         見ていられないほど歯がゆかったら、「代わりにやってやる」のではなく、「一緒にやろう」といって、指導するのがベストの方法だろう。
         ヒントを与えつつ、自分が考え、頭を使い、試行錯誤させて、肝心なところは手を出さない。これを「配慮的かかわり」というが、そうやって、「自分でできた」という体験と「××さんと一緒にやって成功した」ということを認識させるのが指導のコツだ。
         こうすれば新人も勘違いすることなく、成功へのプロセスを順調に歩むことができるだろう。体験指導し、成功した喜びを与えてくれ、面倒なことにつきあった先輩に感謝しない人はいない。先輩には親しみを感じ頼りがいも感じるだろう。
         「同じ釜の飯を食べる」と親しくなるなるのは、苦楽を共にするということ。相手の苦労をなくすのではなく、苦楽を共有しつつ、手助けすることで結びつきが深くなるのである。


         10.最後まで面倒を見てこそ、人に信用される

         いつも一緒にいる人の言動となると、とくに職場のような利害関係のある場合は、「裏の意味」が見えることは多い。
        「なあ、××さん」
         課長がこう話しかけてきた時は、なにか面倒なことを頼むとき。
        「どうだ。最近、奥さんとうまくいってるか?」
         部長がこう話しかけてきた時は、お酒のお誘いがあるとき。
        「ねえ、○○さ〜ん、あのね……」
         後輩の女性がこう話をしてきたときは、自分では処理しきれない仕事を男性社員に手伝ってもらおうとするとき。
         こういうパターンはすぐに見抜かれてしまうものである。もちろん、いまあげたような単純なことであれば笑い話ですむのだが、アドバイスや手を貸すときの言葉が信用されなくなると都合の悪いことも起こる。
        「たいへんそうだな。手伝おうか?」
        「えっ、いいんですか?」
        「ああ、これでも一応上司だからな」
        「ありがとうございます」
         そういって一時間ほど手伝ってはくれたものの、五時になったので、「よし、あとはよろしく」と途中で帰ってしまったとしよう。
         上司は「手伝ってやった」と思っていても、部下は「何だ、あの人って、いい加減ね。やっぱり上司とはいっても、”一応”だもんなあ」と思うことになる。
         いいことをしているつもりでも、最後まで面倒を見る気概がないと、部下には「いいことしてる」ようには伝わらないのだ。このような意識の行き違いがまずい。
         五時に帰らなければならないのなら、最初から「悪いな、五時までしかできないけど、それでもよかったら、手伝おうか?」といえばいい。
         そうすれば相手は大きな期待はしない。「これでも一応上司だからな」などと期待を持たせるから、部下の落胆も大きく、裏切られた気分になる。
         人に親切にするのは大切なことだが、そのときには、「自分にはどこまでやれるのか」という確かな判断をしておかなければならない。とくに上司であれば、最後まで面倒を見られないのなら、親切なふりをしたことが仇となり、部下を苦しめたり、がっかりさせたりするということを自覚しなくてはならない。
         親しみを持たれ、信頼される人は、まず情報収集し、その分析から始める。
        「どうだ、何時までかかりそうだ?」
         と。そして、自分が手伝えば、何時に終わるかまで計算し、
        「よし、それなら六時まで手伝うから急いでやろう。ふたりでやれば、六時には終わるぞ」
         といって、部下をやる気にさせる。
         ただ手伝って「いい人」になるのではなく、気持ちよく仕事をさせるところまで持っていく、これが「上の人間」として、部下に信用される人だろう。
        葉風 * 読み物(生き方) * 18:00 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

        なぜか人から「大切にされる人」「無視される人」 その4

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            8.スジの通った意見が、人の心を動かす

          「正直者はバカを見る」
          「無理を通せば道理が引っ込む」
           ………今の世の中は、こんなことわざを口にしたくなるようなことが多い。
           そんな世相を反映してか、マンション建設における構造計算書の偽造事件などは、まさに道理を踏みつけ無理を通した結果、とんでもない悲劇を生んだといえるだろう。お金や権力という魔物に取り憑かれると、人はとんでもないことをしでかしてしまう。
           しかし、まとうな社会人はそうではない。もっと自分と会社、自分と社会、自分と家族……など、自分の属する集団とのバランス感覚を持っている。
           だから、一方的に無理を通そうとするのではなく、物の考え方や仕事の方法にも「無理のないこと」を大切にしている。そういう活動を日常的にしているから、真っ当な社会人は、「筋が通っている」か否かが、判断の基準になる。
           筋の通った指導者についていき、筋の通った部下を信用し、筋の通った人と取引をするのは当然なことなのだが、「上司と部下が意見が合わずに対立した」ときは、どちらかが「筋が通っていない」ということになる。
           A案を進めたい課長と、A案には絶対反対の係長。家内の意見は二分し、どちらかといえば、もう一考してはどうかという雰囲気になっている。しかし、A案の提案者である課長は面子を潰された手前、絶対に実行しようと指示を出した。
           係長は「そんなことをしたら、会社に大きな損害を与える」と危惧し、シミュレーションした結果を数値で出し、何度も反対し、最後は役員の指示を仰ぐことを提案したが、無視された。係長は悩んだあげく担当役員である取締本部長にことの是非を相談する。
           結果はA案を大幅に修正して、実行されることになった。係長はほっと胸をなでおろしたが、その後、課長は係長に対して、実にイヤな態度をとるようになった。
           しかし、その頃から、部下たちの態度がすっかり変わった。皆係長を信頼し、課長を疎んじるようになったのだ。
           課長は、「係長は、私の頭越しで役員と話をした」と避難し、係長に対して「筋を通せ」と叱ったが、部下たちは、本当に筋が通らないのは課長だと思ったのだ。
           係長は反対理由も根拠も示した。それに対し、課長は成功する根拠を見せていない。係長は役員に相談することも提案したが、課長は無視した。
           係長は、課長に黙って役員に言いつけたのではなく、失敗する根拠を示し、それでもダメなら、役員にお伺いを立てるということを提案した。つまり、ちゃんとした手順を踏んでいる。課長に対しても、ちゃんと筋を通していると部下たちは判断したのだ。
           こういう無理を通す考え方では人はついてこない。きちんと筋を通した人にこそ、人は認め、ついていくのである。
           筋の通らない人は、今味方でも明日は敵になるかもしれない。いつ自分に対して筋の通らないことをしてくるかわからないという恐れもある。そんな人には、やはりついていけないということだ。


           (中略)


           第3章「人を思う人」が、人に好かれる



           1.人に合わせると、自分が活きる


           「立派すぎる人」というのは、近寄りがたくもある。遠くから眺めているぶんにはいいが、うかつに近づいてくだらない話でもしようものなら、つきあうに値しない人とレッテルを貼られそうで怖い。「この人ダメだなあ」と思われたくないから「立派そうなこと」も言わなければならず、そのぶん肩が凝る。
           一方、自分と似たような、あまり優秀ではない人とは、つきあううえでとても楽だ。失敗談をしても、バカにされそうな気がしない。本音を言えるし、くだらない話もいい加減な話もできる。
           おそらく多くの会社は、少数の「立派な人」と多数の「あまり優秀ではない人」との混合チームで成り立っている。ここで問題があるとすれば、二極分化であろう。そして、チームワークが機能しにくい状態になりやすいということだ。「あいつら、チームワークが大切なんていいながら、ただなあなあと、慣れ合ってるだけじゃないか」「あいつは、自分の仕事だけをさっさとやって、手を貸そうともしない。あいつは職場で浮いた存在」……と、お互いに相手に不信感を抱いている。これでは、業績アップにはつながらない。「立派な人」は、どこかでハメをはずして隙をつくり、相手が優位に立てるチャンスを示してみてはどうだろうか。
           「あまり優秀ではない人」は、「立派な人」に相談したり助言をあおいだりして、積極的な行動を心がけてみてはどうか。
           そのうちに、両者とも、「困ったときはお互い様」ではなく、「日頃からお互い様」の心で、人づきあいをするようになるだろう。
           仕事場全体がチームワークやパートナーシップの大切さがわかれば、「助けるだけの人」「助けられるだけの人」から「助け合える人」に変わってゆく。
           このようなチームワークが業績アップにつながることはもちろんだが、それよりもお互いの関係が安定することによって、それまでは発揮されにくかった個々の能力が存分に発揮される環境が整ったというところに、本当の意味があるのだ。


           (中略)


          3.「借りたもの」はきちんと返す、「貸したもの)は催促しない

           「借り」は、早く返すにこしたことはないだろう。しかし立場が逆になったとき、「これが自分の貸しだ」とは思わないほうがいいようだ。
           私たちはよく「あなたには、こんなにしてやったのに……」という感情を持つことがあるが、それは「貸しを早く返して」ということに通じるだろう。そこには、どうしても恩着せがましさが出る。
           その瞬間に、相手は「責められている」「攻撃されている」という感情を持つことも多い。もちろん、そんなつもりはなくても、相手はそう感じるということだ。そうなれば相手は頑なになるか、攻撃的になるか、どちらにしてもいいことはない。
           親は「誰がここまで大きく育ててやったと思ってるのよ」などと、子供を叱りつけることがある。それも知らず知らずのうちに恩着せがましくなっているのであり、それをいったら「見返りが欲しくて育てた」ように受け取られても仕方がない。子供の立場になってみれば、「頼んで産んでもらったわけじゃないし、育ててくれっていったこともない」と、開き直り、「目には目を」の対抗策を取ることがあるかもしれない。
           さて、私たちは「お金ではないもの」の貸し借りは、よくやっている。問題は「貸し」をどう考えるかだ。「借り」は基本的に返すだけだから、自分がしっかりやれば問題は起きない。ところが貸したものが返ってこないとき、うまいアイデアが浮かばない。
           同僚が子供の運動会にいきたいというので、Mさんは土曜にまたがる出張を代わってやった。その時同僚は必ず埋め合わせはすると約束した。「今度、出張代わるから。いやフグでもおごるか」と。
           しかし、いつまでたっても、そのそぶりもない。Mさんはだんだん頭にくる。
           それまでは仲の良かった同僚だったが、Mさんは余計な話をしなくなった。酒の誘いも断るし、会議でも援護射撃はせず、次第に溝ができてしまった。
           その後、Mさんは人事異動で東京の本社に赴任することになり、二人は会うこともなくなったが、それから三年たってもMさんは、その同僚との関係がギクシャクしたことが頭にひっかかっていた。ある日、Mさんはふと、「そうだ。貸しを返してもらおうと思ったのがいけないんだ」と、気づいた。
           出張を代わってやるくらいのことは業務内のことではないか。そんなに恩着せがましく考えた自分の度量が狭かったのだ。最初から、金を「貸して」やるのではなく、「おごってやる」くらいの気持ちでいればよかったのではないか。Mさんはそう考えた。
           それからのMさんは、誰かを助けたからといって見返りをアテにはしなくなった。
           「今度、この借りは返します」と言われても、「いいですよ。私もお願いすることもあるかもしれませんから、そのときお願いします」といいながら、貸したことは意識的に忘れるようにしたという。
           こうすることで、わだかまりがなくなって、心が軽くなった。このMさんの態度が仕事場にいい空気をつくったようだ。コミュニケーションがどんどんスムーズになり、周りにたくさんの人間関係ができ、Mさんが困っていたら、なにもいわなくても救いの手が伸びてくるようになったという。
           貸し借りなし、フィフティ・フィフティ……という人間関係もいいが、「貸したものには催促しない」ということも、いい関係をつくる手段といえそうだ。
          葉風 * 読み物(生き方) * 14:25 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

          なぜか人から「大切にされる人」「無視される人」 その3

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              第2章 「感じる人」こそ、人に必要とされる 
             

              2.錆びた歯車ではなく、ピカピカの歯車になってやろう

             蕎麦屋で働く店員は、やりがいが持てない店主の下では、やる気が出ない。だから、いくら老舗でも、そういう店は活気がなく、雰囲気もよくない。
             同じように、会社でもやりがいの持てない人が指導的な立場にいれば、部下のやる気をそいでしまう。いや、指導的でない人でも、やりがいがなく日々漫然と入れば、仕事場に悪影響を及ぼすことになる。
             先に書いたように、やりがいは、まず、「時間をつぶすスタッフが自分の幸せや価値を感じること」から生まれる。
             ●自分がしていることの「社会的意義」や「集団の中での役割」
             ●家族や自分自身の将来に向けての「金銭的な意義」
             ●先人たちのおかげで今の時代があるという「感謝の気持ち」
             ●今ここにいる自分がした努力を認める「自分自身の評価」
             ……など、自分を支えるもの、自分を取り巻くものに「納得している」、そういう気持ちがあるところから始まる。
             自分という人間が、今していることに意義はあるのかないのか。そう考えたら、大多数の人は、「少なからずある」と答えるだろう。
             社会の歯車の一個にすぎないけれども、自分がつくった製品を使ってくれる人はいる。自分は売っただけだとしても、その製品を買って喜んでくれる人がいれば、そこに意義はある。人に喜んでもらって、自分もうれしい。
             そういうことを「感じること」が、やりがいにつながっていくのだ。
             よく「どうせ私がやってることなんか、誰にでもできるようなことだし……」という人がいるが、こういう考え方が自分から「やりがい」を遠ざけている。
             「誰でもできる」としても、実際に今やっているのはあなたひとりだ。人と一緒にやっていても、あなたが手を下したことは、あなたしかやっていない。
            確かに歯車の一個にすぎないけれども、錆びついた歯車ではなく、ピカピカの歯車として自分にしかできない仕事をしている。自分を、そういう「ピカピカの歯車」と感じられたら、やりがいは自然に生まれてくる。歯車の一つが欠けても、あの大きな機関者は動かないのだ。
            「よし、私にできることを黙々とやろう」
             そう思えばこっちのもの、いつの間にか、仕事にも身が入る。
             やりがいを持って動くということは、自分だけが変わることではない。
            「彼女、なんかやる気になっているよね」となれば、周囲もモチベーションが高まる。
            「あいつ、かなり気合入ってきたな」と思われたら、いい仕事もまわってくる。
             ひとりの変化が、集団の中で伝染するように増幅し、そのパワーが自分にも返ってくる。ひとりで仕事をしていては生まれない相乗効果。これこそが企業にとっても個人にとっても、もっとも有効な成長なのであろう。
             誰しも、仕事で不満なことはある。失敗もする。けれども、腐っていては自分が幸せにはなれないし、身近にいる人を不幸にしかねない。
             いま自分に与えられている仕事に感謝し、自分でできることを最大限やってみよう。報われないとか、認めてもらえないと思っていても、必ずや見ていてくれる人はいる。
             努力は人を裏切らない。そう考えて邁進すると、「やりがい」も生まれてくる。


             3.「イベント効果」で、やりがいを持続する

             ルーティン・ワークは、気疲れしないがマンネリ化しやすい。
             「できる人」というのは、ここをどう克服しているのか。それは、より効率的に、完成度を高くしていこうと工夫したり、目標を高いところに持っていこうとしたりして、自分のやりがいにつなげている。
             同じことを同じようにやっているようでも、周りから認められる人は少しずつマイナーチェンジを繰り返し、方向修正しているものだ。
             あまりやりがいを感じることもなく工夫もない人は、高収入や評判を求める外発的動機づけでしか、「この仕事をやっていてよかったなあ」と思わない。例えば、運よく売り上げが高い月があったとか、たまたまいい客にあたって業績をあげられたとか。
             だから、その時はやる気にあっても、すぐにモチベーションが下がる。運よく結果が得られたあとはとくに、いくら努力しても結果が得られないと、その大きなギャップのせいでストレスになり、気力も落ちてゆく。
             これでは継続的なやりがいは得られない。
             そこでお薦めしたいのが、なにかしらのイベントを企てることだ。どちらかといえば、いわゆる地道な努力ではなく、自分をお祭り気分に盛り上げる方法である。
             「営業強化月間」や「販売倍増習慣」のような企業内だけのキャンペーン期間を設けるところがあるが、自分だけ、あるいは同僚を巻き込んでの独自のキャンペーンを企てることによって、やりがいのレベルの低下を回避することができる。
             なにかのイベントがあれば、日頃は感じなかった力が体にあふれてくる。
             子供の頃の、運動会や球技大会で全身が燃えるように熱くなるのと同じだ。
             「よし、やるぞ!」という力が生まれたら、ふだんできなかったことができるようになり、「そうか、こうやればできるんだ」というノウハウを得ることにつながる。
             また、そうやって「レベルアップの仕事」をすることによって、新しい世界を見ることにもなる。そして、「この仕事、退屈だと思っていたけど、結構やりがいがある」と思えるようにもなる。
             このような「イベント効果」は、人に言われるのではなく、自分で計画して実行して見るところに、ほんとうの効果が生まれる。
             それは小さなことでもかまわない。
             「今週は残業しないですむように、毎日、集中してテキパキと仕事をすることにしよう。そして、毎日、レンタルビデオを一本ずつ観るんだ」という、仕事とプライベートを連動させたイベントでもいい。
             修行中の料理人ならば、「今週中に1時間以内に1日分のじゃがいもの皮をむけるようになるぞ!」というテーマを自分に課してもいい。


            (中略)


             6.ひとりでやるのは「いい仕事」、協力者がいて「大きな仕事」


             有限実行の人は、なにを考え、なにをしたかがわかりやすく、周りの人には評価されやすい。しかし、小さなことまで、いちいち「有言」してやるのはカッコがよくないし、かえって軽薄な感じ、イヤミな感じもする。
            「今日は企画書を二本書くぞ!」
            「私、今週中に先見のデータを整理して入力します」
            「一日に二十軒はお得意さんまわります」
             とくに通常業務に毛が生えたくらいのことをするだけなのに、わざわざ宣言するのもなんだかみっともないものだ。オトーサンが「さて、トイレにいくか」「そろそろ寝るか」と有限実行するのと変わらないように思うのだ。
             おまけに実現できなかったら、とんだ恥さらしになってしまうだろう。
             宣言すべきは、そんな小さなことではなく、もっと長期的でグローバルな視点でのビジョンでなくては、本当に評価されないと考えよう。
             例えばこうだ。
            「今後の業界再編をにらんで、我が社はどうあるべきかを経営陣を考えてくれているとは思うが、我々ひとりひとりも考えなくてはいけない時期だと思う。私は会社のためにも、自分自身のためにも、中国進出に備えて中国語の勉強会に出席している。もちろん、今の取引先とも協議をしていくつもりだ」
             このように、同僚の前で自分の考え方を語ったり、部下の前でビジョンを語ったりするのは、自分に「やりがい」を持たせる有効な手段だろう。
             そのとき、自分勝手な希望ではなく、周囲の人間や組織も視野に入っていることが、評価され、尊敬されることにつながっていく。
             上司の視点で見るならば、ビジョンを持っている人間には、当然やりがいを感じるし、情熱ある行動を期待できる。
             そして、他の社員にもライバル意識をもたせたり、向上心をわかせたりなどのいい影響を与えることにもなると評価するだろう。もちろん、ビジョンそのものが評価すべきことであることはいうまでもない。
             ひとりのビジョンが、共感した周りの人のビジョンとして共有されていくことになると、仕事場のパワーは増大する。
             ひとりで考えていた段階では無理だと思っていたことも、協力者が現れれば、物理的にできることが増えるばかりでなく、知恵も人脈も増えることで少しずつ実現していく可能性が高い。
             実際の話し、ひとりでやるのは「いい仕事」にしかならない。もちろん、それはそれで悪くはないが、多くの協力者を得ることによって「大きな仕事」に化けることもよくある。こちらのほうが、もっといいだろう。
             優れた経営者はそれを知っている。ビジョンを語ることが「俺についてこい!」と号令をかけるよりも、人を引っ張っていくことにつながることを会得している。
             雑誌の編集長なども、このタイプが多い。一時代を作るような雑誌は、熱くビジョンを語った編集者が多くのライターやカメラマンをひきつけて、育っていくという。
             みなさんの会社もそれができる。問題はやるかやらないか、それだけである。
            葉風 * 読み物(生き方) * 12:54 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

            なぜか人から「大切にされる人」「無視される人」 その2

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                第1章 人をほめれば、自分が伸びる

               5.人からほめられている人は、人のわがままを我慢できる

               弟や妹ができたことをきっかけに、子供がフラストレーションを攻撃行動に転移しなくなった、というケースはよく聞かれる。
               それまでは好き勝手にわがままをいえたのが、
              「おにいちゃんなんだから、我慢しなさい」
               と親にいわれるようになる。その結果、親から、
              「よく我慢してえらいわね、さすがおにいちゃんね」
               とほめられることで、衝動を抑えることを覚えていくのである。
               小さい子供にとって最大の愛情対象であり、絶対的庇護者である親からほめられることは、多少のわがままを抑えるだけの力を持った「ごほうび」である。つまり、自分のわがままが満たされないフラストレーションを、母親からほめられるという”代償”で補っているわけである。
               だから、「おにいちゃんだから我慢しなさい」と欲求を抑制することを強いられるだけで、母親からほめられるという代償が得られないとすると、その子供は幼児退行する場合もあるという。
              「自分が妹より大きいから我慢を強いられるんだ」と子供は考えて、まだ赤ん坊の弟たちや妹たちのように再びおねしょをするようになったり、言語発達が遅れたりという微候が表れるのである。
               もちろん、子供本人が意識的にそう考えてやっていることではなく、あくまでも無意識的な行動である。
               したがって、「すぐにキレてしまう人」は、子供の頃、親に甘やかされてきた人でなく、親や先生からほめられる機会が少なかった人にも多いように思う。実際に、あなたの周囲にいる人を見渡してほしい。
               自分が気に入らないことがあればすぐカッとなって人やものに当たり散らす人に限って、調子がよくて人からほめられたりするとニコニコと機嫌がよいのではないか。
              「おだてると大はしゃぎし、きつくあたればすぐへこむ」という、そのあたりの落差の激しさが周囲の人にとっては付き合いにくさの原因になっているのだが、本人は無自覚的にやっていることだからなかなか気づかない。
               子供の頃ならば、自分のことをずっと目にかけてくれる親がいて、大したことではなくても「よくやったわね」とほめてくれる。
               しかし、年をとって周囲も大人ばかりの社会に入ると、期待や要求水準も高くなるので、ちょっとやそっとのことではほめてはくれない。大人になればなるほど、ほめられる機会が、ぐっと減少するのである。
               逆をいえば、だからこそ人を評価し、ほめてくれる人に人望が集まる。大人になっても
              「誰かにほめてもらいたい」
               という欲求は誰もが持っている。その欲求に応えてくれる人のところに大勢の人が集まり、好意を抱くのは当然といえば当然の話なのである。


               6.ほめ上手な人に、人が集まるわけ

              人の心理というのは、ほめればいつでも相手が喜んでくれて、ほめてくれた人に好意を抱くという、それほど単純なものではない。人をほめるときも、叱るときと同様、それなりのTPOとテクニックが必要である。
               例えば、自分よりずっと能力も経験も上の人に対して、「すごいですね」とほめたとしても、相手は「ありがとう」と応えるかもしれないが、それほど嬉しくはない。
               なぜなら、もともと自分のほうが知識や評価する力も上であることがわかっているから、そんな下のレベルの人にほめられたからといって自分自身への客観評価が上がることはないからだ。
               これは単に年齢や社会的な立場が上か下かという話ではない。年中同じ背広にネクタイという、「ファッションセンス」のよくない上司が、部下の女性に、
              「君はなかなかファッションセンスがいいねえ」
               とほめたとしても、喜ばれるとは限らない。逆に、「嫌味をいっているのか」「おだてておいて、なにか裏があるのではないか」と勘ぐられたり、「あなたになにがわかるのよ」とムッとされるのではないか。
               
               つまり、ほめて相手が喜ぶ条件の一つとして、その分野についてのレベル(能力や知識)は自分のほうが相手より同等か上であるということがあげられる。
               もちろん、そのような条件に縛られると、ほめる相手や事柄が限定されてしまい、「ほめたいけれども、できない」という状況になってしまうが、そのような場合は、
              「私はあまり詳しくないのでよくわかりませんが、ここまでやるのは大変なんでしょう?」
               などと「相手を評価する」というより、「自分の感想を述べる」にとどめておくのがよい。すると相手は、「うん。私も、結構凝るほうだから……」などと気持ちよく「自慢話」をしてくれるに違いない。
               厳密に言えば、これはほめているのとは違うが、相手の長所や特技をとりあげて気持よくさせるという意味では、同じ効果を生んでいる。あるいは、
              「そういえば、T先生がKさんの出来は素晴らしいとほめていらっしゃいました」
               などと、その分野で権威のある人を引き合いにして、ほめる。
               これも直接自分がほめているわけではないのだが、こういわれて嬉しいと思わない人はいないし、わざわざそれを伝えてくれたあなたに対しても好印象抱く。
              「S課長がMさんは最近よく頑張っているな、といってましたよ」
               という伝聞も同じような効果を持つ。
              「そうか、課長は俺の前では厳しいことしかいわないけれど、いないところではそんなことを……」
               と、新たなやる気が出てくるだろう。
               このように「自分にとていい情報」を伝えてくれる人とは、また話をしたいと思うものだ。逆に悪口や陰口しか伝えない人とは深いつきあいはしたくないだろう。ヘンなことをいって、それを相手に告げ口されるのもイヤだし、そもそもそんな悪口や陰口を聞いてもちっとも楽しくない。
               ほめれば、人は元気になる。そういう人に、人は好感を抱く。


               7.相手をじっと観察してこそ、最大のほめ言葉になる

               褒めて効果があるのは、その分野について上の人が下の人をほめるとき……とはいっても、その条件を満たしていても、期待通りの效果があがらない場合もある。
               例えば、先生がテストのあとで、教室でクラスの生徒全員に向かって、
              「みんな、このテスト期間中よくがんばりました」
              とほめたとしよう。もちろん、生徒たちはほめてもらったことは嬉しくても、
              「自分はたしかに頑張って成績が上がったけれども、そうでない人もいるはずだ」
              と思っている生徒にとっては物足りないのではないか。
              「みんな」と、クラス全員「十把一絡げ」にされてしまったことが不満なわけである。
               ほめられて嬉しいのは、プライドが満たされるからいい気分になるわけで、往々にしてプライドとは「誰々より優れている」「クラスで一番になった」などの相対的評価によってあがったりさがったりするものだ。
               文化祭やチームスポーツのような団体競技ならともかく、テストのような「個人種目」で「みんな素晴らしい」「全員ががんばった」というのでは、客観評価としてはほめていないのに等しい。
               上司が部下をほめるときは、「みんなよくやってくれた」と一言ですませるのではなく、「Wは毎日遅くまで残業をしてくれたな。Gは難しいクライアントの折衝で大変だったと思う。面倒な書類仕事を粘り強くやってくれたFの苦労があってこそだ……」
               などと、ひとりひとりを名指しで慰労したほうが何倍も効果がある。
               人気ドラマシリーズの『3年B組金八先生』でも、最終回のクライマックス、卒業式のあとで金八先生がクラスの生徒ひとりひとりに語りかけるシーンがある。
               シリーズを通しての「お約束」のシーンだが、あのセリフはあらかじめ台本が決められているのではなく、金八先生に扮する武田鉄矢さんがその子役との撮影における思い出をもとにアドリブで話しているのだそうだ。
               だからこそ、言葉をかけられた子どもたちは芝居を越えて感動し、涙を流さずに入られないそうだが、見ている側にとってもグッとくるシーンである。
               これも、「みんな」ではなく、ひとりひとり「個別」に語りかけることでいっそうの効果を生んでいるのであろう。
              「みんな、よくやった」と全体をまとめて評価したり、ほめたりするのは、ある意味簡単なことだ。しかし、ひとりひとりを名指しで的確にほめるにはちゃんとその人の仕事ぶりを見ていないとできない。
              「人をほめるにもTPOやテクニックがいる」といったが、要するに、ほめる相手のことをちゃんと観察していれば、
              「いつ、なにを、どのようにほめればその人が喜ぶか」
               が、わかってくるのである。
               そういう意味では、人間観察力に優れ、人の気持ちを思いやれる人が、「ほめ上手」になれる人ということだ。
              葉風 * 読み物(生き方) * 22:29 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

              なぜか人から「大切にされる人」「無視される人」

              0
                評価:
                渋谷 昌三
                新講社
                ¥ 900
                (2007-12)
                コメント:なぜか人から「大切にされる人」「無視される人」

                  【目次】
                第1章 人をほめれば、自分が伸びる
                1…人頼みを断る人は、思っている以上の損をしている
                2…自信のない人は、「言い訳」の準備をしている
                3…女性の言い訳は、自己防衛の一環?
                4…すぐに「キレて」しまう人は、幼少期の家庭環境に問題アリか
                5…人からほめられている人は、人のわがままを我慢できる
                6…ほめ上手な人に、人が集まるワケ
                7…相手をじっと観察してこそ、最大のほめ言葉になる
                8…ひとつの集団に長くいると、世間の「常識」とズレてくる
                9…「頭のやわらかい人」は、これまでとの「違い」を楽しむ
                10…人間関係で、1度や2度の失敗は当たり前

                第2章 「感じる人」こそ、人に必要とされる
                1…「感じること」から、やりがいが生まれる
                2…錆びた歯車ではなく、ピカピカの歯車になってやろう
                3…「イベント効果」で、やりがいを持続する
                4…「仕事が好き」な人の心理、「会社が好き」な人の心理
                5…脱社内ニートで、自分を変える
                6…ひとりでやるのは「いい仕事」、協力者がいて「大きな仕事」
                7…「やりがい」を持っている人は、いつでもどこでもプラス思考
                8…筋の通った意見が、人の心を動かす
                9…仕事に消極的な人は、「自分の価値」がわからない
                10…張りのある日常が、やりがいをつくる

                第3章 「人を思う人」が、人に好かれる
                1…人に合わせると、自分が活きる
                2…「借り」を返してこそ、人に信用される
                3…「借りたもの」はきちんと返す、「貸したもの」は催促しない
                4…能力主義もいいが、公平配分も忘れない
                5…「人と行動を合わせられる人」が、長いつきあいができる
                6…ハーモニーを奏でるような人間関係は「気配り」から
                7…「助け合い」と「競争」で、相乗効果が生まれる
                8…人の失敗を許せる人が、人に愛される人になる
                9…「してあげる」のではなく、「一緒にやる」に効果あり
                10…最後まで面倒を見てこそ、人に信用される

                第4章 人を認める人は、人に認められる
                1…「期待される人」が、伸びてゆく心理
                2…「ほめて」「評価する」と、責任感が生まれてくる
                3…「一貫性のある人」が、仕事の場で一目置かれる
                4…両者の顔を立てる!「バランス感覚」で切り抜ける
                5…「立場」を使ったかけひきで、自分の評価を高めてゆく
                6…人に親近感を抱かせるには、こんな「戦略」がある
                7…欠点や失敗談を打ち明けて、度量の大きさをアピールする
                8…人に行為を示す「迎合ストラテジー」は、心理的に楽で有効な戦略
                9…まず「イエス」と答えてから、きちんと注文をつける
                10…「オレを見習え」だけでは、人はついてこない

                第5章 異性に好かれる人の、「ここぞ」の心理術
                1…同性から見た「いい人」が、必ずしも異性とは上手くいかないワケ
                2…女性の「まっすぐ視線」に、男性は勘違いする
                3…「見つめる」「近づく」「触れる」に、男性は勘違いする
                4…「ただそばにいてほしい」という気持ちが、男性にはわからない
                5…会話に論理を求めたい男性と、会話そのものを楽しみたい女性
                6…まともに話を聞いてくれなくなった夫や彼氏への戦略とは?
                7…女性はケンカのとき、なぜ「昔の話」を持ち出すのか?
                8…人は自分と共通点の多い、「分相応」な相手を選ぶ
                9…女性の「おしゃれ」は、価値あるものと心得よ
                10…男女は「違う」からこそ、恋愛の醍醐味が生まれる

                第6章 「前向きな会話」が、人の心を動かす
                1…本音も建前も、その場に応じて使いこなす
                2…きちんと謝れる人が、人を引きつける
                3…要求するのではなく、相談しながら意見を通す
                4…「ホウレンソウ」で、人に信用される
                5…不満や怒りの感情は上手にコントロールしたい
                6…マイナス部分でも、建設的に言えば効果的
                7…話し方の「語尾ひとつ」で、印象が変わる
                8…「これしかない」と決めつける人は、なかなか前に進めない
                9…あえて白黒をつけないのも、「悪くない」選択肢のひとつ
                10…偉そうな言葉遣いは、小心の裏返しか

                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                 ビジネス本を読みあさっていたときに、何冊か拝読させてもらった渋谷昌三さんの本が図書館で目に留まったので借りて読んでみました。いいことおっしゃるなぁ、と感銘を受けたところもあり、自分自身の勉強もかねて、ところどころ書き起こしてみます。
                 やり手の社会人の方には、頷けるところも多いかと思います。

                葉風 * 読み物(生き方) * 23:58 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

                まずは親を超えなさい!~最新の脳科学と認知心理学を基にした自己実現プログラムTPIE公式ブック

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                   脳科学と認知心理学に卓越し、オウム真理教などの新興宗教に洗脳された数々の人を解き放されてきた苫米地英人さんに前々から興味があったので、図書館にあったこの本を借りて読んでみました。
                   その苫米地さんがおっしゃるにはその人にとって最大の洗脳者は”親”であるとか。頭では分かっているけどなかなか行動ができない。頑張っているけど思い通りにいかない。どうせ俺なんてダメなんだ、と自己評価の低い人。そんな人は親から洗脳された快適と思える領域で足踏みをし、抜け出せないでいるんだそうです。
                   人はありのままの物質世界をみていると思われがちですが、苫米地さんから言わせると、その人にとって都合の良いところだけをみて、都合の悪いところは無意識のうちに死角をつくり、構成された世界なんだそうです。実際にある全てのことを脳が処理をしようとするとパンクしてしまうので、誰でも目の前に起こっていることは自分にとって心地の良いことだけを脳が選び取った世界に過ぎないのです。これは小林正観さんもおっしゃってましたね。
                   問題は人によってその心地の良いと思ったことが、必ずしもその人にとってためになることではないということです。
                   あらゆる動物は、大抵親の仕草を見よう見まねで成長していきます。人も例外ではありません。親が「コーヒーは毒物だ」と何度も言い聞かせて育てれば、その人は無意識のうちに飲み物の選択肢からコーヒーを外すようになります。それと同じように、親から「お前はなんてダメな子なんだ」「私の言うことを聞かないと不幸になるぞ」こういう言葉を投げかけられた子供は自己評価が低くなり、「僕は(私は)ダメな人間なんだから不幸になって当然なんだ」と自分自身にとって害のあるもの嫌なものばかりに目がいってそれが当たり前になりそれが心地良くなり、幸せになることが目に入らなくなったり向上してその現状から抜け出すのが恐くなるのです。
                   僕自身も心当たりがあります。父親から「お題目をあげないと罰が当たる」「ご本尊様を拝まないと頭が七つに割れる」「わしの言うことを聞かんと不幸になるぞ!」「親に口答えすると酷い目に遭うぞ」ということを言われ、母親も母親で子供に今日何か良いことがあったのか聞くよりも「勤行をあげないと不幸になる」というようなことをよく言われたものです。思えば親の言うことに逆らって信心をしないようになってから、何だか気分が落ち込み不登校になったり友達と遊ぶのが面倒になったり、だんだんと自己評価が低くなりました。口では親に「うるせえ!死ねよクソ親父」などといいながらも、心では酷く傷つき不幸になることダメになることが僕にとってふさわしいと思うようになっていきました。
                   こういった、”言うことを聞かせるために、子供の不幸を願う親”というのは実は世の中に結構います。自信がないのか、その人自身も親から似たようなことを言われたのか知りませんが、実際に数多く存在します。そういった親に育てられた子供は、人間関係につまづいたり、仕事が上手くいかなかったり、不幸になるような相手を好きになったりします。親からダメな人間だと洗脳され、すっかりそのことが当たり前になり心地よくなってしまっているのです。親の愛情は素晴らしいだとかキレイごとばかりが取りざたされますが、親は子供にとっての最大の洗脳者であるという責任があるのです。
                   この本はそんな親の洗脳のために人生が上手くいっていない人に向けた、洗脳解除プログラム本です。
                   やり方は簡単です。年収300万だったら年収1000万の生活、年収1000万だったら年収1億円の生活、人間関係が悪かったら良い生活、今より遥かに良い状況をできるだけ”リアル”に思い描き、それがあたかも当たり前のように体感するのです。そうすると、自然と今の現状はあなたにとって心地の悪いものになり、リアルに思い描いた状況へと、体が勝手に動きだすのです。仕事や勉強なども”仕方なくやるもの”から、その状況へ向かうための”したい”ことに変わっていきます。見えてくるものもあなたにとって有害になるものは自然と無視され、あなたにとって有益であるものしか目に入らなくなっていきます。努力や根性など要りません。自然とそうやりたくなってくるのです。
                   この本で紹介されているプログラムは、アメリカでNASAや多くの企業に採用されたコーチング技術の元祖でありオリジナルを作り出したルー・タイス氏と、苫米地氏らその道の第一人者によってつくられたものです。
                   この本が他の自己啓発本より優れているのは、科学的に検証され、誰にでも再現性がある普遍性を持っている究極の自己啓発本であるということです。家に「成功の何とやら」みたいな本がうずたかく積んであるけど結局役に立っていないwという人、何だか自己評価が低くて自分に自信がない人、何をするにも不幸になる選択肢を選んでしまう人、何か状況を変えようと思ってはいてもなかなか行動に移せない人、人生に悩んでいる全ての人にお勧めします。
                   ここで紹介した内容はあくまで簡単なものです。本を読めば、より詳しく深い理解が得られるでしょう。
                   あなたの人生が幸せであることを願います。
                  葉風 * 読み物(生き方) * 21:26 * comments(0) * trackbacks(0) * - -
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