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国民の道徳 その4

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      神道と他宗教との融合

     日本人には、おそらくは一万年を超える昔から、神道的な共有感覚と共同儀式があったと言われており、いまもなおそれが、強かれ弱かれ、日本社会を包んでいる。神道は、一言でいえば、アニミズム(自然の精霊にたいする信仰)に属するが、そこにはたぶんシャーマン(精霊との交信を司るもの)がいたのであろうと想定されている。邪馬台国の女王であったといわれている卑弥呼にしても、おそらくシャーマンではなかったかといわれている。神道には、明確な教義の体系がいまに至るも備わっていないので、厳密な意味では宗教ではないという見方もある。しかしそう見るのは宗教に関する狭い定義というものであって、超越界との交信が宗教の本質だと広く定義しておけば、神道を宗教の一種とみなして何の不都合もない。
     この自然崇拝に祖先崇拝がいつはいってきたか、明確ではないようである。おそらくは、祖先崇拝を旨とする儒教が伝来したのちに神道においてもそのことが確認されたのであろう。しかしその以前においても、自分の由来を尋ねるのが人間の本性の一部なのであってみれば、祖先への尊敬の念がなかったとは思われない。不明確にせよ、当初から神道の中に自然崇拝とともに祖先崇拝が含まれていたのであろう。
     そういう人間の生命のことも含めた広い意味での自然崇拝が、日本では農耕生活と結びつく形で、産土神(うぶすながみ)を祀るものものにも発展していった。産土神とは、自分たちの生まれた土地の守り神のことであり、それは土地の生産力に対する尊敬の念を表している。
     日本におけるカミの概念は、例えばキリスト教におけるゴッドの観念と、一戦を画していることを確認しておかなければならない。
     ゴッドは唯一絶対神であり、それは「完全な存在」と想定されている。それにたいして日本のカミは、 要するに「畏きもの(かしこきもの)」ということであって、畏怖の念を差し向けるべきものがカミとなる。つまり、完全と思われるから畏れる(おそれる)場合もあるし、悪霊じみた暴挙のゆえに畏れる場合もある。つまり、(祖先を含めた意味での)自然に対するいわば愕き(おどろき)の念が、それが愉悦であるか恐怖であるかについてはいろいろな場合があるのだが、カミの概念である。例えば、モンスーン地帯の東のはずれに位置しているという日本の地政学的な事情からして、季節風は農耕を破壊すると同時に、土地の生産力に転化する、という自然の両義性が顕著である。つまり、モンスーンは良きものと悪しきものという両方の意味においての畏きものだということである。
     しかしながら、神道という原始宗教の流れにあるものは、日本の歴史の発展の中で、様々な修正を内外から加えられざるをえなかった。例えば、すでに奈良期において、神仏集合の企てが始まったのである。注目すべきは、この奈良期における神仏集合は仏教の側からのイニシアティヴによって行われたということである。つまり、中国大陸方面からやってきた外来のものとしての仏教の感覚・意識との相剋を避けるためには、神仏を習合させる政治的な必要があったのである。それを表すのが仏教から出てきた本地垂迹(ほんじすいじゃく)の考え方である。
     この本地垂迹説にあっては、インドに発生した仏の意識が世界に広まるにつれて姿を変え、それが日本ではカミという形で現れてきたととらえられる。つまり、衆生済度のためにとった仏の仮の姿、それがカミだとされる。神道を仏教にない包摂せんとする仏教がわからの仮説、それが本地垂迹説なのであった。これについては、いろんな流派があるようであるが、代表的なのがいわゆる両部神道である。これは仏教の金剛経と胎蔵教を中心にして神道をも包み込もうとする考え方である。
     さらに注目しなければならないのは、この神仏集合の動きの中で、唯一絶対神とはいわないまでも、「最高神」という考え方がおのずと出てこざるをえなかったという点である。つまり、様々な神や仏を習合するときに、それらのあいだの位置関係を定めなければならなくなる。あっさりいえば、もろもろの神仏のあいだの優劣関係を論じる必要に迫られるということである。結局、大日如来を最高仏とするという形で神仏の習合体系をまとめあげようとする動きが出てきたのである。
     この神仏集合の企てが順調に進んだわけではない。神道のがわからの反発として、いわゆる反本地垂迹の動きが出てきて、神道は神道としての純粋性を守ろうとしはじめた。その代表がいわゆる伊勢神道である。これが後に、日本の国家の象徴としての皇室にとっての、宗教的な拠点となったわけである。
     また、神儒習合も当然行われざるをえなかった。例えば江戸の草創期に官用の道徳大系となった朱子学を率いた林羅山(1583〜1657 儒学者)は、『本朝神社考』を著して、儒教のがわから神道を包み込む思想を展開しようとした。また、その朱子学のなかから出てきた山崎闇斎(1618〜82 儒学者・神道家)も、いわゆる垂加神道の祖となったということからも分かるように、神儒習合の思想を推し進めた。彼は、朱子学において正統論(つまり名文論)を展開することを通じて権威の最高形態は何であるかということを検討し、天皇からの「宣下」が権力の正統・名文の根拠なのだと主張した。そしてそれは、天皇と神道との強いかかわりからして、神儒習合とならざるをえなかった。
     つまり、外来思想である朱子学を日本に定着もしくは帰化させるためには、宗教的には神道と、そして文化的および政治的には天皇との関わりを明確にしなければならず、そこで朱子学(儒学)のがわから神儒習合が試みられたということである。
     また、朱子学への反発として起こってきたいわゆる国学派においても、道徳および思想の根本を日本国の経験の中に求めようというのが国学の基本姿勢であることからして、神道との習合が起こってむしろ当然である。つまり復古神道の動きがそれである。元来、多神教の神道にあっては、徳川家康が日光東照宮の社で自分自身をカミとして祀らせたことからも察せられるように、畏き人間を神と見立てることも許される。そして江戸末期ともなれば、国学派のなかからたとえば平田篤胤(ひらたあつたね:1776〜1843 国学者)が出てきて、平田神道という形で国学の道徳と神道の信仰との結びつきを政治的に表現する動きが出てきた。つまり、神道の始原へと遡及せんとする復古の思想が政治的な復古主義をも巻き起こしたのである。
     それのみならず、江戸時代においては、たとえば石田梅巌(いしだばいがん:1685〜1744 心学者)によって始められた石田心学においては、主として町人に道徳的な生き方を口授する中で、神儒仏三者の習合が世間道徳の中心とされていった。また、そういう庶民における道徳運動が後にいわゆる教派神道を生み出すことにもなった。つまり「教祖」の受けたと称するカミからの啓示やその人生で得た教訓が一応の教義となるわけであるが、それが人生の体験に密着しているため、日本の文化的風土の中ではおのずと神儒仏の習合となることが多いのである。そして、その習合において神道的な感覚・意識が中心に据えられるのも、日本の文化的風土のなせる業だと思われる。
     同時に、こうした政治や金銭の動きともかかわった神道の目立った動きのほかに、旧来からの農耕生活と結びついたいわゆる神社神道というものが持続してもいる。つまり、村落共同体の中での氏神・氏子という神社組織があり、それが、村々における四季折々の儀式を通じて、村落共同体の一体化を確認するのに貢献している。

    ・・・・・・・・・・・・・

     よく同じ神様という言葉でごっちゃにされるますが、日本でいうところの”カミ”と、キリスト教でいうところの絶対神”ゴッド”は別物です。ニコニコ動画とかで「神動画!」などと書き込まれているのは、実に日本的な観念といえるでしょう。
    葉風 * 読み物(歴史) * 12:22 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

    親から子へ語り継ぎたい 日本の神話 その8

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        ヤガミヒメとのお見合い

      「オオアナムヂはいったいどこで油を売ってるんだ」
      「本当に、うすのろなやつだよ」
      「まったくだ」
      「ヤガミヒメへのプレゼントがなければ、お見合いも始められないじゃないか」
      「そうだ」
      「そうだ」
       ヤガミヒメへのプレゼントを持ってくるはずのオオアナムヂがいっこうに現れないので、兄弟神たちはイライラしていました。本当なら、昨日の夕方までには着いていてもおかしくないはずだったからです。
      「あっ、オオアナムヂだ」
      「本当だ、のんびり歩いてやがる」
      「こら、オオアナムヂ。さっさと走ってこい」
       オオアナムヂはハァハァ息をはずませながら、大きな袋を担いでやってきました。
      「遅いぞ。プレゼントも着いたから、早速、お見合いを始めるぞ」
      「えっ? 兄さん。僕昨日から何も食べてないんだよ。何か食べさせてよ」
      「だめだね。ほら、すぐに荷物を背負えよ。ヤガミヒメのお屋敷に行くんだ」
      「え〜?」
      「え〜、じゃねーよ。さっさと行くぞ」
      「そうだ」
      「そうだ」
       オオアナムヂは疲れてヘトヘトの上、おなかもぺこぺこでしたが、兄神たちに急かされてヤガミヒメのいるお屋敷に向かいました。

       兄神たちとオオアナムヂは、お屋敷の広間に通されました。上座にはヤガミヒメのお父さんとヤガミヒメが座っていました。
      「稲羽の国主ならびに姫君にあらせられましては、ご健勝何よりに存じます。ご尊顔を拝しまつり、恐悦至極にございます」
       兄神のひとりが、代表であいさつをしました。
      「出雲の国よりまいられたとか。遠路ごくろう。それにて、ご用向きはいかに」
      「ははぁ。われら兄弟、ヤガミヒメ殿に求婚いたしたく、まかりこしました次第。兄弟それぞれ贈り物を献上いたし、姫君に求婚のご口上申し上げたき次第にございます」
       ヤガミヒメのお父さんはウンウンとうなずきました。
      「どうじゃ、姫。このように申しておるが、お前、お見合いをする意志はあるか」
      「はい。お父様。お見合いをいたしますわ」
       ヤガミヒメはそのかわいい顔でうなずいて答えました。
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      葉風 * 読み物(歴史) * 22:16 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

      親から子へ語り継ぎたい 日本の神話 その7

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         島根県、出雲市内の出雲大社にお祀りされているのが大国主の神様です。
         現在の出雲大社の社殿は高さが24メートルもあり、木でできた建物としてはとても大きなものです。しかも、出雲大社の社殿は昔からとても大きかったらしく、今から約800年前に寂蓮法師というお坊さんが次のような歌を歌っています。

          やはらぐる 光や空に 満ちぬらん 雲に分け入る 千木の方そぎ
          (光り輝く社殿が、雲の上まで立派にそびえている)

         そして、この歌には詞書(ことばがき:歌をつくった状況の説明文)がついていて、そこにはこう書いてありました。
        「出雲の大社にお参りしてその本殿を見ると、うしろの八雲山の半分の高さあたりまでそびえていた。とてもこの世の光景とは思えなかった」
         この詞書が本当だとすると、八雲山は100メートル以上あるので、社殿は約50メートルあったということになります。
         いつのころからか、社殿は現在の大きさのものになっていました。しかし、約50メートルという巨大な社殿については、歌や言い伝え、図面等は残っていたのですが、今から200年ほど前には、昔の人が大げさに言っていただけで、本当はそんなものはなかったんだと思われるようになっていました。
         ところが、平成12年4月5日、出雲大社の境内から約800年前の巨大な柱が発掘されたのです。その太さは現在の24メートルの高さの社殿の柱の5倍近くあり、昔の図面ともぴたりと一致しました。このことから、昔の社殿の高さは48メートル以上あったことがわかりました。寂蓮法師が見ておどろいたという巨大な社殿は、本当にあったのです。
         こんなに大きな社殿を建てて、私たち日本人が昔からお祀りしてきた大国主の神様とはどんな方だったのでしょう。


          神様のお見合い

         昔、出雲(現在の島根県)にオオアナムヂ(大穴牟遅神、後に大国主になる)という神様がいました。
         オオアナムヂは、スサノオとクシナダヒメの6代目の子孫です。
         スサノオの子孫だから、さぞ力強い神様かと思いきや、そうでもなく・・・・・・。丸顔で体型もぽっちゃり型、いつもにこにこしていて、みなにやさしく、お人よしな性格です。また、花や動物たちに声をかけたりしていることがあり、みなから変な奴と思われていました。
         オオアナムジには80人の兄神(八十神:ヤソガミ)がいるのですが、やさしい性格が災いして、兄神にこき使われたり、いじめられたりしていました。

         稲羽(現在の鳥取県)にヤガミヒメ(八上比売)という美人がいるという話が、出雲の地に伝わりました。
        「ヤガミヒメは、俺のお嫁さんにする!」
        「何だと!俺がお嫁にもらうんだ」
        「いや、俺だ!」
         兄弟神たちは、みなで喧嘩を始めました。
        「それでは、みなで今から稲羽に行って、ヤガミヒメとお見合いをしよう。ヤガミヒメに誰と結婚するか決めてもらうんだ。それで文句はないな」
        「おぉ!それでいいだろう」
         さっそく、兄弟神たちは出発の準備を始めました。特に重要なのはヤガミヒメへのプレゼントです。お見合い相手に気に入られたいと、たいそうな立派な宝物を用意しました。
         しかし、立派な宝物は思いと相場は決まっています。兄弟神たちは自分でプレゼントを担いでいくのは疲れるから嫌だなと思いました。
        「おいっ、オオアナムヂ。俺のプレゼントはお前が持っていけ」
        「そうだ、俺のも持っていってくれ」
        「俺のも」
        「俺も」
         とうとう、オオアナムヂは80人全員の兄神のプレゼントを担いで行かなければならなくなってしまいました。
        「これじゃ、自分が用意したプレゼントは持てないな。まぁいいか」
         オオアナムヂは兄神たちが用意したプレゼントを大きな袋に入れて、よいこらしょと担ぐと、兄神たちの後ろについて稲羽に向かって歩きだしました。
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        葉風 * 読み物(歴史) * 13:43 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

        親から子へ語り継ぎたい 日本の神話 その6

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             スサノオと八岐の大蛇の戦い

           スサノオはすばやく物陰に隠れました。

           シックの闇の中を八対十六個の光が動き回っています。時折光る稲妻に照らされて、雷鳴とともに現れる姿から、それらの深紅の光が八岐の大蛇の眼であることがわかるのです。クシナダヒメを探しているのか、家のまわりや中をうかがうように何対かの目がうごめいています。

          「酒に気づけ。罠にかかれ」
           スサノオはつぶやきながら様子をじっとうかがっています。
           すると、いくつかの首が酒の香りに気づいたらしく、垣根に開いたもんから桟敷家に頭を突っ込みました。
           何匹かは一つの門から同時に入ろうとしたらしく、うなり声を上げながら喧嘩をしているようです。
          「喧嘩しないでよく見ろよ。門も酒も八つ分用意してあるよ」

           しばらくすると、喧嘩のうなり声も聞こえなくなり、八つの首がそれぞれ1つずつの門から桟敷家に入って、中においてある酒を飲み始めているようでした。
           体の動きもだんだん静かになってきたので、一つの桟敷家にそっと近づいて、中をのぞくと首は酔っ払って寝ていました。
           スサノオは腰の剣を引き抜くとすばやく、そして静かに脳天に剣を突き立てました。剣は一撃で急所を貫いたので、声も上げる間もなく死んでしまいました。しかし、八岐の大蛇は胴体が一つですが、八つの首はそれぞれ別に動けるので全部やっつけるまで油断はできません。
           スサノオは足音を忍ばせて一つひとつの桟敷家に入っていき、首が眠っていることを確かめながら一つずつやっつけていきました。六つ目まで倒し、七つ目を刺そうとした時です。真っ赤な二つの目がカッと見開いたのです。一瞬、スサノオと大蛇はにらめっこする形となりました。その直後に大蛇が大口を開けてスサノオにおそいかかったのです。

           ドッカーン。

           大蛇の歯は剣でよけたものの、蛇の鼻がからだをかすめただけでその衝撃でスサノオは、桟敷家の壁をぶちぬいて外に放りだされました。
           何が起きたかとぼう然としましたが、ハッと気づいて頭に手をやって、クシナダヒメが変化している櫛がなくなったり、壊れたりしていないか調べました。どうやら無事のようです。
           しかし、ほっとする間もなく大蛇の第二撃がやってきました。スサノオはあわてて泥の中をはってよけました。やっとの思いで逃げてから見上げると、大蛇は鎌首を持ち上げてこっちを見下ろしています。
           そうこうするうちに、もう一つ残っていた首も動き始めました。首二つと同時に戦わなければならなくなりました。
           後はもう逃げの一手です。櫛になったクシナダヒメを手にして、脱兎のごとく逃げまくります。家の中、木の陰、岩の陰・・・・・・。しかし、大蛇の頭はそれらを片っ端から吹っ飛ばして追いかけてきます。前後左右、よけた方から、もう一つの首が来るので一瞬として休むことができません。
           そして、とうとう前と後ろから同時に二つの首が向かってきました。左右に避けたのでは、どちらかの大蛇が首をちょっと横に振っただけで食べられてしまいます。
          「ジャンプだ!」と飛ぼうとした瞬間、手から櫛から滑り落ちました。
          「いかん!」スサノオは叫んで、泥の中に沈みこんでいく櫛の上におおいかぶさり、必死で泥をかき分けて櫛をつかみました。
          「万事休すか」

           ドカッ、バキ、ドーン。

           鈍くて大きくな音がしました。
           スサノオは自分たちが食べられている音かと思い、あきらめてじっとしていました。
           しばらくしてあたりが静かなので、泥から顔を上げて見回してみました。
           すると、どうでしょう。大蛇の頭が二つとも近くに転がっています。どちらの頭も気を失っていたのでした。
           どうやら、二つの大蛇の頭は、スサノオが泥の中に伏せたと同時に正面衝突してしまったのです。酒を飲んだ後すばやく動きまわるスサノオを追い掛け回したことで酔いが回ってしまい、互いによけることができずにぶつかってしまったのです。大蛇に酒を飲ませる作戦が成功したおかげで、最大のピンチを逃れることができたのでした。
           しかし、まだ安心はできません。残った二つの大蛇の頭はただ気を失っているだけだからです。いつ、復活するかわかりません。
           スサノオはほっとして腰が抜けそうになっていましたが、最後の力を振りしぼって立ち上がり、残りの頭にとどめをさしました。

           バターン、バターン。

           最後の頭に剣を突き刺すと、八岐の大蛇は大きな胴体と八つの尻尾をのたうち回らせて暴れました。そして、しばらくするとピタリと動かなくなりました。

          「勝ったのか?」
           しばらくして、スサノオはつぶやきました。その姿は全身びしょぬれ、泥だらけ、血だらけのヨレヨレです。
           左手に握り締めていた櫛を見てみると、これも泥だらけになっていました。スサノオはギョッとしてクシナダヒメを元の姿に戻しました。
          「スサノオ様。ご無事ですか。おけがはありませんか」
           クシナダヒメは元に戻るとすぐに言いました。しかし、自分の姿もスサノオと同じようにヨレヨレです。戦いの最中彼女は櫛の姿をしていましたが、スサノオと一緒に雨の中、泥の中にいたからです。
           スサノオは自分のことより、まず他人のことを心配するクシナダヒメの言葉に感動しました。そして、にっこりとほほえみながら力強くうなずきました。
           ふと気がつくと、八岐の大蛇の出現とともに現れた雷雲は消えうせ、空は澄みわたっています。そして、東の山々といくつも湧き上がる美しい雲の向こうから太陽が昇ってきました。スサノオとクシナダヒメは、ふたり並んでずっとその様子を見ていました。

           八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
          (いく重にも重なり湧き上がる雲が垣根をつくっている。それは、この出雲の地で自分が愛しい妻を守ってともに生きていくことを天が祝福してくれているようだ)

           スサノオはそっと歌をよんで、クシナダヒメにプロポーズをしました。
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          葉風 * 読み物(歴史) * 18:41 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

          親から子へ語り継ぎたい 日本の神話 その5

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              スサノオ、天界から追放され出雲の地に降りる 

            「アマテラス様が岩屋に隠れてしまうほどのひどいことをしたスサノオ様を、われわれはゆるすことはできない」
            「そうだ、そうだ」
             天界の神々の会議はスサノオゆるすまじの大合唱となっていたのでした。
             アマテラスは、自分が岩屋に閉じこもってみなに迷惑をかけたこともあり、気兼ねして発言できずにいました。また、原因をつくったのはアマテラスとはいえ、実際にスサノオがしてしまったことは、あまりにも重大で簡単にゆるされることではなかったのです。
            「死刑という意見もあるが、ここは追放ということでどうだろう」
            「ただ追放は生ぬるい。ヒゲを剃った上で、手足のツメも切ってしまえ」
            「ヒゲとツメがなくなれば力も出せなくなる。それはいい」

             スサノオはとうとう、力の素であるヒゲとツメを奪われた上、展開から追い出されてしました。
             天の浮橋を下界に向けてとぼとぼと歩いて行くスサノオを、アマテラスは悲しげに見送っていました。
            「ごめんなさいスサノオ、ごめんなさい・・・・・・」

             スサノオは天界を追われ、外界に降り立ちました。場所は出雲の国(現在の島根県)肥の川(現在の斐伊川)上流の鳥髯山(鳥上山)でした。
            「だいたい、僕は天界の姉さんに別れのあいさつをしてから、かあさまのいる黄泉の国に行くはずだったんじゃないか」
            「しかし、姉さんに言われてはじめて、とうさまから下界を管理する仕事を言いつかっていたことを思いだしたっていうのも、うかつだったよな」
            「とうさまの言いつけを守るか、かあさまに会いに行くか、悩むな〜」
             などと、独り言を言いながらスサノオは歩いていましたが、ふと気がつくとまわりが妙に静かです。小鳥のさえずりもしないし、獣も歩いていません。人の声もまったく聞こえません。
            「静かだ。静かすぎる・・・・・・」
             足元の川の流れに目をやると、川上から箸が流れてきました。
            「箸だ、箸だ。上流に人が住んでいるにちがいない」
             不気味な静けさに不安になったスサノオは、人恋しさに川上に走りました。
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            葉風 * 読み物(歴史) * 13:28 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

            親から子へ語り継ぎたい 日本の神話 その4

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                スサノオ、天界で大暴れする

               アマテラスは、本当はスサノオが賭けに勝ったことがわかっていましたので、弟に天界を乗っ取る気がないことを知っていました。そこで、スサノオが天界に入ることを認めました。
               しかし、アマテラスの言う賭けの判定では、スサノオは賭けに負けたことになり、つまり天界を乗っ取る気持ちがあったということになるので、天の神々はみな心配しました。
               実は、この時にアマテラスは正直に、「本当は弟の勝ちだったのよ」と言っておけばよかったのです。しかし、やっぱり自分の勝ちとしたほうが気分がよかったので黙っていたのです。ところが、これが原因で後々とんでもないことになろうとは、神様であるアマテラスにもこの時はわからなかったのです。 
               賭けの判定で、天界を乗っ取る気があったということになってしまったスサノオに対して、天の神々はどう接していいかわかりません。
               一方、スサノオはというと、もともと心にやましいところはありませんでしたので、何の気がねもせず普通に天界の神々に接していました。
              「やあ、元気かい?」
              「ええ、その、えへへ・・・・・・」
               スサノオのあいさつに天の神々は愛想笑いを返してはいますが、さっさと逃げるように行ってしまします。
              「何だ? こいつら」
               こんな感じで、スサノオはひとりぼっちでいることが多くなりました。

               スサノオはさびしさをまぎらわすために、大酒を飲み、荒馬に乗って天界を駆け回りました。そして、天の田や畑を踏み荒らし、あぜを壊してしまいました。また、ベロベロに酔っ払って天の神殿をトイレと間違えて、そこでウンコをしてしまうという大失態もやらかしてしまいました。
              「アマテラス様、何とかしてください」
              「やっぱり、スサノオ様は天界をめちゃくちゃにするために来たんですよ」
               アマテラスのところに天の神々が次々と苦情を言ってきます。
               アマテラス自身もまずいなあと思っていたのです。スサノオが暴れるようになったのも、もとはといえばアマテラスがついたウソで、弟が仲間はずれにされていたことが原因だったからです。
              「私が賭けに負けたのに、勝ったなんてウソを言うんじゃなかった」
               そう思うと弟を攻めるわけにもいきません。
              「スサノオはちょっと悪酔いしただけよ。酔いがさめればやめるわよ」
               と神々には説明してスサノオをかばっていました。しかし、実は賭けは自分の負けだったとは今さら言えません。もし、ウソだと知られたらみなは自分のことをどう思うだろう。そう考えると怖くて正直に言うことはできなかったのです。

               しかし、とうとうスサノオは取り返しのつかないことをしでかしてしまいました。それはこういうことです。
               アマテラスは天の機織り(はたおり)の御殿をつくり、天之御衣織女(アメノミゾオリメ)という女神たちに機織り仕事をさせていました。そこはとても神聖な場所であり、まじめな女神たちがいつでも行儀正しく仕事をしているのです。
              「いつもおしとやかにしている女神たちが、びっくりして大騒ぎするところを一度見てみたいものだ」
               スサノオはいたずらをしようと考えました。姉のアマテラスがどんなに自分が悪さをしても叱らないので図にのっていたのです。
               スサノオは機織り御殿の天井に穴を開けて、そこから雨の天斑馬(フチコマ)という天に住むまだら色の馬の皮を投げ入れたのです。突然頭の上から馬が降ってきたので、御殿の中は大騒ぎになりました。女神たちはあわてて逃げ出そうとして、機織り機に蹴つまづいたり、ひっくりかえったりもう散々です。そして、とんでもないことに、女神のひとりが、おしりに機織り器具が突き刺さって死んでしまったのです。

               スサノオは、天の神々に取り押さえられて天の牢屋に入れられました。本当なら暴れて逃げることもできるほどの力があるスサノオですが、ことの重大さにショックを受けて反抗する力も出ず、静かにしていました。
              「スサノオ様をゆるすことはできない」
              「追放だ」
              「死刑にしろ」
               天の神々の怒りは、それはすごいものでした。
              「これというのも、姉神のアマテラス様が弟のスサノオ様を甘やかすからだ」
              「しかし、今度はアマテラス様も黙ってはおるまい。スサノオ様に厳罰を与えてくれるだろう」
              「そうだ、きっとそうだ!」
               天の神々は、アマテラスがスサノオにどんな罰を与えるか注目しているのです。
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              葉風 * 読み物(歴史) * 14:16 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

              子どもたちに語り継ぎたい 日本の神話 その3

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                 第2話 天照大御神と須佐之男命


                 日本には八百万の神々といって、たくさんの神様がいます。
                 中でもお姉さん神のアマテラス(天照)と弟神のスサノオ(須佐之男)は、ほかの神様たちから一目おかれていました。
                 アマテラスは、明るく美しい女神です。アマテラスが現れると、草木や動物たちはみな元気になり、また、病気や変な虫が発生することもなくなり、泥棒などの悪いことを考える人もいなくなります。
                 スサノオは、大地を揺るがすほどの力を持った男神で、怒らせると地震や大津波を起こす恐ろしいところがありますが、ふだんはとても頼りがいのあるたくましい神様です。


                  イザナミの死とイザナギの隠居

                 ある日、イザナギは神々の中でも優れた素質を持つ、アマテラスとスサノオを呼んで次のように言いました。
                「わしはお前たちのかあさんのイザナミとふたりで力を合わせて、この世界を作り大きくしてきた。しかし、お母さんは死んで黄泉の国に行ってしまい、もうわしひとりになってしまった。こうなっては、もうこの世界をこれ以上大きくすることはできない。そこで、世界を大きくする仕事はわしの代でやめにして、あとはこの世界を豊かにすることに力をつくすことにしたい」
                 アマテラスとスサノオは黙ってお父さん神の話を聞いているようでしたが、実はお母さんが亡くなってしまったので、ショックのあまりボーッとしてあまりよく聞いていなかったのです。そうとは知らずにイザナギは続けます。
                「そこでだ。わしはもう隠居するので、お前たちふたりにこの世界を分けて、それぞれ任せるから、後はよろしくたのむ」
                 「え〜!?」ここまで聞いてわれに返ったアマテラスとスサノオは、おどろいて声を上げました。そして、あわててアマテラスが言いました。
                「とうさま。とうさまとかあさまがおつくりになったこの広い世界に八百万の神々やたくさんの命が暮らしておりますのを、急に任せると言われてもまったく自信がありません。見てください。スサノオなんか、かあさまが亡くなってしまって、このとおりボーッとしているんですよ。」
                「何言ってんだい!姉さんこそボーッとしてたじゃないか」
                「してないわよ」
                「してたよ」
                 イザナギはふたりを制してから、自分たち夫婦が天から下界に降りてきて、この世界をつくるまでの苦労話を失敗談も含めて話しました。
                「・・・・・・というわけで、お父さんもお母さんもな何も知らないところから、ふたりで力を合わせてこの世界をつくったのだ。お前たちも力を合わせればきっと上手くやれるはずだ」
                「・・・・・・」
                 ふたりが黙っていたので、イザナギは続けてこう言いました。
                「まず、天界はアマテラスが治める。そして下界はスサノオが治めること。お前たちなら立派にやれるだろう。後は任せたぞ」
                 そう言ってイザナギは、淡海の多賀(現在の滋賀県犬上郡多賀町)のお宮(現在の多賀大社)に入って人前に出てこなくなりました。


                  スサノオ、大泣きする

                 お母さんは亡くなり、お父さんも突然隠居してしまい、アマテラスとスサノオはぼう然としてしばらくその場に突っ立っていました。しかし、いつまでもこうしているわけにもいきません。
                「スサノオ。私はこれからすぐに天界に行き、星の動きや季節、天候の管理を始めます。お前もすぐに下界で山や海の生き物たちが仲よく暮らしていけるように管理しなくてはいけません」
                「姉さん、もう行っちゃうの?」
                「・・・・・・」
                 アマテラスは無言でうなずきます。本当はアマテラスも弟と別れたくありません。しかし、お互いに別々の仕事を言いつけられた以上、一緒にいることはできません。
                 スサノオはアマテラスが天界に去ろうとしているのを知って、涙があふれでる寸前ではありましたが、ここで泣くのはかっこ悪いと思いじっとこらえていました。
                「じゃ、スサノオ、私もう行くよ」と言ってアマテラスは天の浮橋を歩いて天に昇っていきました。
                 泣くのをがまんしていたスサノオではありましたが、雲の彼方にアマテラスがだんだん小さくなると、とうとう涙があふれてきました。涙があふれるとともに泣き声も次第に大きくなり、アマテラスがまったく見えなくなるころには、大地にひっくりかえって、ばたばた転げ回りながら泣いているような状態でした。
                 アマテラスが去ってからずいぶん日がたちましたが、スサノオは泣き続けていました。しかし、大地を揺るがすほどの神様が大泣きすれば、どのようなことが起きるのでしょう。実際にとんでもないことになっていたのでした。
                 本来、泉となって流れる水はすべてスサノオの涙となってしまったので、大地はカラカラに乾いてしまい、草や木は枯れてしまいました。大声で泣き叫ぶので突風が吹き荒れます。地団駄踏んで暴れるので地震や津波が起こります。地上も海の底ももうめっちゃくっちゃです。
                 とはいえ、地にも海にも、スサノオをおとなしくすることができる力を持った神も生き物もいませんので、スサノオが自分で泣きやむのをみなでじっと待つ以外ありませんでした。

                 ある日、ピタリと突風と地震はおさまり、下界はシーンと静まりかえりました。おそるおそる、地面の割れ目や深い海の底に隠れていた神々や生き物たちが顔を出してあたりの様子を見ます。
                「とうとうスサノオ様が泣きやんだようだ」
                「バンザイ、バンザイ!」
                「よかった、よかった!」
                「これで以前の頼りがいのあるスサノオ様に戻ってくれれば、外界も安泰だ」
                 と、みなが喜んでいる時にだれかが気づきました。
                「スサノオ様がいないぞ」
                「何?」
                 そうなのです。下界のどこを探してもスサノオがいないのです。
                「大変だ!」
                「スサノオ様以外に下界を治めることのできる者はいない。この世界は大混乱になってしまうぞ」
                 「わ〜!」それを聞いてみなパニック状態です。
                 スサノオはいったいどこへ行ってしまったのでしょうか?
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                葉風 * 読み物(歴史) * 19:07 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

                親から子へ語り継ぎたい 日本の神話 その2

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                    イザナミから託された三貴子

                   イザナギはずいぶんと泣いていましたが 、やっと気を持ち直しました。そして、ふと自分の姿を見ると、自分のからだが黄泉の国の汚れ(汚れ、病気のもと、悪いもの)で汚れていることがわかりました。このままでは病気になって死んでしまいますし、地上に病気を流行らせてしまうことになります。
                   イザナギは禊ぎ祓い(みそぎはらい:からだから汚れや病気のもと、悪いものを洗い流すこと)をしました。
                   まず、身につけていた汚れた杖、帯、袋、服、袴、手纏(てまき:腕に巻く装身具)を投げ捨てました。すると、そこに着いていた穢れ(けがれ)とともに悪神たち(ワズライノウシノカミ:煩いの神など)は逃げていきました。
                   次に、きれいな川の水につかってからだについた穢れを洗いました。すると、からだから垢が取れるのとともに悪神たち(ヤソマガツヒノカミ:禍々しさの神など)も逃げていきました。
                  「黄泉の国とはなんと恐ろしいところだ。ただ、その場所に行っただけでこれほどまでに恐ろしい死の神々にとりつかれるとは・・・・・・」
                   イザナギはぞっとしました。

                   最後に、イザナギは顔を洗いました。どんなに恐ろしい神が出てくるだろうと、内心イザナギはドキドキしていました。
                   すると、なんと驚いたことに立派な神様が3人現れたのです。
                   左目を洗うとアマテラス(天照大御神:アマテラスオオミカミ)が生まれました。アマテラスはそれはそれは美しく光り輝いていて、しかもとても暖かで、そばにいるだけで元気が出てくるようなすてきな神様です。
                   右目を洗うとツクヨミ(月詠命:ツクヨミノミコト)が生まれました。ツクヨミは清く光り輝く神様です。
                   鼻を洗うとスサノオ(建速須佐之男命:タケハヤスサノオノミコト)が生まれました。スサノオはすべての神々の中で一番力強くたくましい神様です。
                   イザナギは3人の神様を見て叫びました。
                  「イザナミだ!イザナミが僕に最後の子どもたちを託したのだ!」
                   イザナギは、黄泉の国でイザナミを抱きしめた時のことを思い出しました。
                  「そうだ! あの時にイザナミが僕のからだにこの子たちを託して、地上によこしたのにちがいない」

                   イザナギとイザナミが、この世界につくり終えていなかったものがありました。それはこの世を照らす光と、自然を動かす強力なエネルギーでした。この3人の貴い神が誕生したことにより、必要なものはすべてそろいました。この世を照らす光はアマテラスとツクヨミ、自然のエネルギーはスサノオです。こうして、ついにこの世界は完成したのです。
                   イザナギは3人の神様にそれぞれ役目を言いつけました。
                   まず、スサノオに向かって言いました。
                  「スサノオよ。お前は大地を揺るがし、岩をも砕くそのすばらしい力で大海原を治めよ」
                   次に、ツクヨミを呼んで言いました。
                  「ツクヨミよ。お前は夜の世界を治めて、闇を明るく照らし、暗闇の恐怖からみなを救うように」
                   最後にアマテラスを呼びました。
                  「アマテラス。お前は本当に私のいとしい妻、イザナミにそっくりだ」
                   そして、イザナミの形見の首飾りをアマテラスの首にかけてから言いました。
                  「お前は天界の高天原(たかまがはら)を収めよ。そして、この世界のすべての命あるものを明るく暖かく照らし、そして育むのだ」

                   その後イザナギは、淡海の多賀(現在の滋賀県犬上郡多賀町)のお宮(現在の多賀大社)に入って出てこなくなりました。イザナギは、イザナミが最後に自分に託した3人の立派な神に、世界の統治のすべてを任せて引退したのです。
                   また、イザナミは黄泉の国の女王になり地底の世界を統治しました。


                   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


                   おまけのページ

                   日本の神話がはじまりました。
                   第1話の『国生み』は、天界と海しかなかったこの世の中に、イザナギとイザナミの神様が力を合わせて地上世界をつくるお話です。しかし、世界が生まれてにぎやかになるのと同時に、死と亡者が住む黄泉の国も生まれてしまうという、とてもショッキングなお話です。
                   死というのは、とても恐ろしいことです。しかし、死が恐ろしいのと同じくらい、限りある生命を大切に生きるということの素晴らしさを、このお話は教えてくれています。
                   親(イザナギとイザナミ)は子どもを産み育て、しかも自分の命と引き替えに、その子たちが困らないように、国土、太陽(アマテラス)や月(ツクヨミ)や自然界のエネルギー(スサノオ)を残しました。そして、様々な生活な必要な資源や技術(火、金属、土器、農業、産業)を残しました。親が死んだ後もこれらの遺産の恩恵を受けて子どもたちはすくすくと育つでしょう。そして、その子どもたちがそれらの自然や資源、技術を大切に受け継いでいけば、その次の世代の子どもたちもすくすくと育つことができるでしょう。
                   このお話は「命は死んじゃって終わり」と言っているのではなくて、「命は親から子に引き継がれるもの。また、国土、自然、資源、技術(文化)は、その子たちの未来のために親が自分の命にかえても守るべきもの」と言っているのです。そこには、限りある生命の私たちにとって「生きるとは何か」「よりよく正しく生きることの大切さ」「大切なものを守るためには命をもかける勇気」といった大事なことが含まれているのです。
                   日本の神話は、今から約千三百年前に『古事記』や『日本書紀』という本に書き記されたものです。しかし、お話自体はそれよりもずっと昔から、日本人が親から子へ語り継いできたものなのです。今、みなさんは「こんな話がある」と覚えておくくらいで良いです。でも大人になって、みなさんに子どもができたらぜひ、このお話を思いだして自分の子どもたちに話してあげてほしいと思います。


                  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


                   (葉風のコメント)

                   神話というのはもともと、子供の「どうして太陽は太陽なの〜?」「どうして雷は鳴るの〜?」といった、なぜなに責めに応えるために、まだ科学知識などのない太古の大人たちが想像力をめぐらし、身振り手振りで子どもたちを楽しませるためにも創りだされたものとも考えられています。その中には大人が苦い思いをしたり大切なものを失ったりして得た、子どもたちに伝えたい思いも詰められています。
                   この日本神話には太古のご先祖さまが込めた、日本人の原点が詰まっています。

                   ところでこの日本神話、初めて知ったという人も多いのではないでしょうか。50代以上の方には常識な日本神話ですが、少なくとも20代の90%くらいは知られてないように感じます。僕も大人になって自ら本を買って知るまで、誰も大人は教えてくれませんでした。
                   敗戦後、日本ではアメリカのWar Guilt Information Program(別名:日本人に罪悪感を持たせるための洗脳計画:参照サイト)によって、新聞、テレビ、映画、学校教育などを通じて先の大戦に罪の意識を刷り込まれてきました。アメリカや支那や上下朝鮮の国以外の方々には噴飯ものですが、原爆を落とされたのは日本が悪かったから、日本の軍部が暴走していつまでも戦争を続けるからトドメに落とされたんだと本気で思っている人々がかなり多くいます。その当時の世界情勢を知っている人からすれば、日本を自衛戦争をするまでに追い詰めたのは白人国家によるブロック経済(ABCD包囲網)が原因だし、日本が和平交渉を散々したのにことごとく無視してソ連への牽制や大規模な人体実験をするためにご丁寧に種類の違う原爆を2箇所も落としたことは周知の事実です。広島平和記念公園にある「過ちは二度と繰り返しません」という暗に主語が日本人の記念碑があることなどを知れば、「日本人は馬鹿なのか?」と本気で心配されることでしょう。残念ながら、それがいまの日本の現状です。民呪党によって徐々にではありますが、マスコミに対する不信感が広がってはいますが、まだまだ洗脳という名の呪いから解き放されていない人々ばかりです。
                   この日本神話も、左翼(チョン)による「日本神話を学べば、日本は軍国主義に向かってしまい、周りの国々を侵略する」「軍靴の音が聞こえる」などという、お得意のギャグが真に受けられ、学校の教材に採用されないどころか悪魔の書であるかのように教えられたりしました。
                   実際、読んでみてどうでしょうか?支那人や朝鮮人をぶっ殺しに行きたくなりましたか?(笑)

                   日本神話は各地の地名だけではなく、小説やマンガやアニメや映画など様々な作品の元ネタになっています。例えば、スタジオジブリの『千と千尋の神隠し』では冒頭で、千尋のお父さんとお母さんが暗いトンネルを抜けた先の街の食べ物を食べたことによって人ではなくなってしまいます。ここは、イザナギが黄泉の国に行ったところの件に似ていますね。
                   他にもいろんな作品で名前だけは聞いたことのあるような神様が出てきます(作者がちゃんと日本神話を理解してるのか怪しいものも多くありますが)。
                   サブカルチャーファンなら、日本神話を学べばよりその作品が楽しくなることうけあいです。

                   書き起こしはもう少し続きます。
                  葉風 * 読み物(歴史) * 14:31 * comments(0) * trackbacks(0) * - -
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