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東方は赤く燃えている

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     男の場合、高校生の頃などにセックスしておいたほうが気持ちに余裕が持てて、大人になってから浮気などをあまりしない、ハニトラに引っかかりにくくなるという向きがある(もちろん真っ当なやり方で経験した場合)。こういうことも10代のうちに結婚して、子供を産んでおいたほうがいいというひとつの理由だ。子供の将来のためにと、若いうちから社会のことに目を向ける人々を増やすという狙いもある。

     しかし、セックスもいいが男にとってかなり大切なのが師匠とも呼べる尊く敬える存在を見つけること。これがあるとないとでは、男の場合、後の人生や人格形成に大きく関わってくる。特に思春期の頃は。
     師匠は何人いてもいい。今生きている人に限らず、本を読めば古今東西に心の師匠は見つけられる。前に見た中谷彰宏さんの本で、「本とは人との出会いである」という言葉があった。何十年、何百年前に亡くなった人とつながりあえる。そう思うと、本ってなんて素敵なものなんだろうと思える。2ちゃんねるなどもいいが、やはりまとまった文章を読み込んだほうが心の糧となる。
     本を読むのが苦手という人は、目次を見るだけでもいい。面白い本は目次を見るだけでわくわくさせるものだ(小説などの例外はあるが)。難しい文章が苦手という人は完璧主義にこだわりすぎている。だいたい流れがわかれば難しい単語の意味するところもだんだんわかってくる。ちゃんとした意味はあとから興味を持ったら知ればいい。
     僕は高校の頃に大東亜戦争関連の本を読んで、世間で知られていない兵士たちが繰り広げた熱い実話や言葉に涙し、数々の尊敬する偉人に出会えた。そして、敗戦後の日本で英霊たちが冷遇されている事実に憤った。これが今にかなり息づいているように思えます。興味のある方は、名越 二荒之助さんの「世界に開かれた昭和の戦争記念館」シリーズなどをおすすめします。
     あなたに心の師匠はいますか?
    葉風 * 生き方 * 08:59 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

    人に迷惑をかけなかったら何をやってもいいのか?

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       僕としてはAV(アダルトビデオ)を見ることはあるけど、全て良しとしているわけではありません。
       そのことについては、西部邁さんの人生相談に寄せられたひとつの相談事例を紹介してみます。


      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        【西部邁の人生相談〈第二章〉】

      1.風俗嬢で何が悪いの? (23歳女性)

       わたしは風俗店で働いています。
       高校を卒業してから家を出ていくつかのバイトで暮らしてきましたが、薄給でとても暮らせませんでした。ひとりで都会で生きるにはお金もかかります。一番お金になるのが風俗嬢です。
       実家は父親の女性関係が絶えず両親が喧嘩ばかりで早く家を出たかったので卒業と同時に都会にでました。先日父親にばれて、怒った父が田舎からとんできました。父親だって風俗店に通っていたんです。怒られる筋合いではないと思いました。

       職業欄に自分の仕事を書けない人って他にもいると思うけど、わたしも風俗嬢とは書きません。接客業と書きます。それは周りの扱いが変わるからです。父は「破廉恥な娘だ。恥を知れ」と言います。誰にも迷惑もかけてないし、若いうちしかできない風俗で働いて何が悪いのですか?


       

       〈西部先生のお答え〉

       この父親にしてこの娘あり。何が悪いのですか、ときたね。「この大馬鹿者が!!」と、いつものようにやりたいところだ(笑)。でもあなたの質問はとても大事なことが含まれている。一緒に考えてみようじゃないかい。

       「誰にも迷惑かけてないからいい」、あなたはそう思っているらしい。よく聞く言葉だね。これこそが大間違いのスタートだ。自由とは一体何だろう。

       イギリスの哲学者にジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill  1806-1873)という人がいた。聞いたことはあるかい。彼は著作「自由論」(1859)で自由とは何かについて書いているんだけれど、人に危害を与えなければ望むことは全て自由であるべきだ、ということを述べたのね。「他者危害の原則」っていうんだ。この考えは自由についての考えに随分影響を与えた。あなたのように考える人が大勢出てきたということなんだ。この延長線上には、売春だって薬物だって迷惑かけないから自由じゃないか、と主張するものも出てくることになるね。実際ミルがそんな妙なことを言ったから現代人にもそう思っている人が多い。


       でもそんな自由は大間違いだ、と明治の初めにはっきり言ってくれた人がいる。福沢諭吉(1835−1901)だよ。
       福沢諭吉は、「文明論の概略」の中で、そんな自由は認められないって明確に言ってくれている。僕もそれに大賛成。では、どういうことなんだろう。


       考えてくれるかい。もし風俗嬢をやるのは本人の自由で悪いことじゃないというのでみんな風俗嬢になって大手を振って街を闊歩するとする。街中で路上で平気で風俗嬢に男が誘いをかける。我々の娘や孫娘やその子孫の頃には小学生や中学生の女の子もそれを目にしたり、風俗嬢予備軍として誘われるようになるかもしれない。その子は自分の生きている社会に対してどれほど深く失望したり、傷ついたりするか想像できるかい。
       あなたは今一瞬の目の前の人間に対しての迷惑しか考えていないけど、あなたの生きている社会はあなたの生きている一瞬だけじゃなくて、これからも延々と続いてゆくものなんだ。これから生まれてくる人たち、これから社会に出てくる人たちに対して、迷惑をかけるようなことをしてはならないんだという発想、それが福沢諭吉の言った「公徳心」の最大のものなんだ。
       国家も社会も、瞬間的に生まれて死んでゆくわけじゃない。自分がいなくなった後も長々と続いてゆくものだから、それを乱すような行為は後生、後世に対して大迷惑なんだ。風俗嬢は裏道をやっぱりこそこそ歩くのは許す。けど偉そうに、わたし誰にも迷惑かけてないわよ、などと開き直るのは、自由の原則というものに反する。そんなふざけた「自由の履き違い」と言うやつで、許されないと言いたい。


       「若いうちしかできない」、つまり年取ったらやめるということだろうが、これも大間違い。人生は長い時間かけて人生なんだよ。若い時にお金もららって知らぬ男の性欲に奉仕する風俗嬢を何年かやったとしよう。人間は神でも仏でも仮面ライダーでもないよ。「さあ、風俗やめました、変身〜〜〜〜〜!!シュワッチ」とはいかない。中年になっても老人になっても風俗嬢は元風俗嬢であるだけ。それは他人からの評価じゃないのよ。自分自身が必ず経験を引きずる、それが人間なんだ。若いうちは何百人も男の肉体に奉仕して金を得て、結婚して主婦になって年取ったら上品なおばあちゃまになる、めでたしめでたし、などという変幻自在な能力は人間にはない。まあ僕には少しあるんだけどさ(笑)。それについてはそのうちにということで。


       職業に貴賎はない、あなたの反論が聞こえそうだ。それも間違い。職業には貴賤があるのよ。これも福沢諭吉が言ってくれている。じゃ貴賤があるかないかはどう違うか。
       それはね、その人に「学問」があるかどうかによる。ここでいう「学問」はね、社会とは何か、人生とは何か、広く深く自分で必死で考える習慣を身につけることをいってる。
       「学問」と言う文字をよく見てもらうとね。もともとは「學」で、文字の上は、羽なんです。ひなどりが親どりの羽の中に入って守られているとも言えるし、親どりの真似をして羽ばたく練習をするという意味なんだよ。つまり学問の意味はね、人生のことも社会のことも、神様ではないから、その真実は分からないけれど、何だろう何だろう、と親鳥を始めとする人生の先輩達から真似をしながら学んでゆくこと。
       そういう「学問」がない職業は卑しい職業、あるならその職業は尊いのだということなんだ。だから風俗嬢は卑しい職業。そんなことはあたりまえ。道徳観で言ってるんじゃない。水が低きに流れるように、学問がなくてもできる最も簡便な商売だ。卑しいに決まっている。


       もっとも例外はあるね。18世紀のフランスのサロンの女あるじのように、あちこちの男と関係を持ちながら学問も芸術的才能もあり会話上手の娼婦あがりの女もいないわけじゃない。家族を支えるために若くして風俗嬢になる、っていうのは昔の娼婦に多かった。そういうのは卑しいどころかむしろ尊いとさえ思う。
       でもあなたは違うんじゃないかい。


       もうひとつ。父親だって風俗に通ってる、文句を言われる筋合いはない、とあなたは言う。


       これまた大間違いなんだなあ。


       体を売るものと買うもの。どっちも卑しいけど、売るほうがずっと卑しいんだ。経済学者は馬鹿だから、売りと買いが均衡して価格が決まるなどというよね。そうじゃないんだよ。


       買うほうはね、実は買わなくてもいいの。金がないとか女房が怖いとか忙しいとか、いろんな理由がるときは別に買う必要がない。でも売るほうは売らないと人生が成り立たないわけ。売ることを必須としている人間と、買うことが余裕の人間とは歴然と差があるんだよ。それに気づいてほしい。お父さんは買ってたほうなのよ。売ってる娘のあなたよりは少しは上等。だから、「この破廉恥娘」というのは親としてまだなんとかなる(笑)。


       あなたも実は気付かないふりをしているだけだ。自分が卑しいことを分かっているけどごまかしてるだけ。風俗嬢とは書かずに接客業と書くと自分で告白しるじゃないか。もともと風俗というのはそんな卑しい意味じゃないんだけどね。日本の風俗研究とか、違う意味だったんだけど。
       とにかくあなたは卑しい自覚があるから人生相談にきてくれたわけだろうし(笑)。「都会に生きるには金がかかる」。そりゃあ、かかるでしょう。じゃあ都会に生きる人はみんな風俗嬢やってるのかい。馬鹿を言うんじゃありません。


       ごまかさないで少し時間をちゃんととって考えてみよう。風俗嬢は破廉恥で、自分を卑しくするからできるだけしないほうがいいと、チャンと認めて、これからの人生チャンチャンと考えて生きなさい。


       考えない人間
       学ばない人間
       実はまだ人間じゃない
       動物のオスとかメスに毛がはえただけ
       そんなメスの自覚もなく
       ヘアを売り物にするんじゃない
       大馬鹿者!!!
       ・・・というのは失礼だから、
       K元首相という大馬鹿者を真似て、いや彼に學んで、
       「笑っちゃうくらい呆れる!!!!」といっておく。 


      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

       この他にも為になる面白い話が聞けるのでこちらに貼っておきます。※おそらく携帯からは見れません。




       西部邁さんについてはパール判事の時はどうかと思いましたが、今は落ち着いて釣り合いのとれた話が聞けると思ってます。

       こういった話を紹介した僕ですが、一応自らの醜い行いは自覚しているつもりです(笑)。
       今回は風俗嬢について紹介しましたが、アダルトビデオに出ている女の方も同じだと僕は思います。しかも一旦出てしまえば、永遠にネットで出まわってしまいますからね。風俗嬢もそうですが、やっていくうちに特に好きでもない相手と体を交じらせてるうちにだんだん虚しくなってきて、後ろ暗い生き方になってしまう人も多いのです。他にも、ああ言った業界には辞めようとすると在籍してる大学にバラしたりなど、人を騙すことを平気でする人たちがゴロゴロしてますから、こういう業界に足を踏み入れるならかなりの覚悟いります。エイズという殺人生物兵器にかかる可能性も高くなるしね。
       世の中楽しいところもあれば、怖いところもあります。

      葉風 * 生き方 * 22:14 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

      甘え上手

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         近頃の女の人は甘えることが下手な人が多いと聞きます。男に対してついついツッケンドンで、「私の気持ちを察してくれない男が悪い!」と言ってますます男が引いていってしまうようなことが増えてきたみたいです。男は戦いなどで痛みを和らげるために体の皮が女の倍厚いように、鈍い生き物です。なので女の人から分かりやすいことをされないとなかなか気づかないものです。
         戦後はキャリアウーマンなどのように強い女、男に頼らない女というものが流行りました。また、生まれたばかりの赤ちゃんと母親を引き離す間違った病院での出産で子供に愛情が湧かなく、子供も親にどうやって甘えていいのか分からず育ち、大人になっても男に甘え下手な女の人が増えたのではないかと思われます。リストカットなどで男の気を惹こうといった女の人やワガママが過ぎる人も、甘え方が分からないのではないでしょうか。
         甘えられることで頼られてると思って、男も女を可愛いものと思っちゃたりするもんです。

         ちなみに男のおちんちんのところは女の人と同じ皮の厚さです。女の扱い方がわからないときは、自らのちんこをどう扱ったらいいのかを考えたらいいかもしれません。女の人からすると何か嫌かもしれませんが。
        葉風 * 生き方 * 21:04 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

        とりとめのない話

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           人の誕生日の日に、ホールケーキを切り分けて1センチの差を争う妹たち。
           「誕生日って言ったって、一体何を祝うってんだ?こんなもん偽善だ!」
           と思った小5。それからというもの誕生日になったら、
           「本当におめでとうと思うなら金をくれ」
           と2千円を貰ってました。もちろん他の家族の誕生日の日にはちゃっかりケーキを食べてたけどね。
           
           無宗教って言ったって、日本人の場合、何らかの影響でなんとなく八百万の神の見方が変わっただけの日本独特のごちゃまぜになった宗教観を持っている。共産主義国では宗教は阿片で、この世に神なんてものはいないと言うがそれもまた、この世にある不思議なことを合理主義や科学主義という物事を理屈っぽく考える無神論というひとつの宗教に過ぎない。人は生きている限り目の前で起こっていることに何らかの思いを見出す。
           今の世の中では、生まれただけでも素晴らしいとか人の命は地球よりも重いとか人間を手放しに持ち上げる「ヒューマニズム(人間礼讃)」が幅を利かしている。誕生日のお祝いもそういったものの中に入る。しかし、見るからに誕生日になったからと言って何かが変わるわけでもなく、誕生日は親に産んでくれて感謝する日などと恩着せがましくされる日とも違う。なにせこのヒューマニズムという奴は重苦しいのだ。うざったい。そんなに人は大した生きもんじゃない。太陽のご機嫌によっていくらでも栄えもし、滅びもするちっちゃい存在。
           昔の日本人のように、正月になったら皆で一つ歳をとったとしたほうがすっきりしてる。作られた良い話なんてやって、何が楽しい?
           八百万の神を信じ仰ぎ、男や女、物、故郷などを含めた自然を崇めて拝み、人それぞれが思い思いに大切にする。キリストや釈迦は松本幸之助さんみたいに、誰でも気さくに学べばいいさ。派閥なんて作って醜い罵り合いをして何が面白い?浮気性が一番。
           人付き合いも気がついたらいつも一緒にいてた、何だかんだと腐れ縁ってくらいがちょうどいいんじゃない。いつまでも一緒にいようなんて、重くなって嫌いになってしまうだけさ。

           宇宙も自然の一部。澄み切った自然の空気の中で星空を眺めれば、きっと分かるよ。
           

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           「ちょっと、僕のつくった空気を皆さん読んでくださいよぉ〜」みたいなヘタレた男をTVとかで見るたびに、こめかみに蹴りをいれる妄想を抱いてハァハァする。
           「日本なんて中国に渡しちゃえばいいんですよ」とかいう奴の顔面に膝蹴りを、経団連とかの肥え太った金の奴隷共の腹にショットガンで風穴を開けて、命乞いをする口にケリを入れて前歯を折って血の泡を吹かせ、トドメに肺に二つとも風通しをよくさせて長く苦しませながら死んでいく様を上から見下ろす、そんな妄想が頭を駆け巡る。
           こういうことを考えるとなんだか気持ちが活き活きとする。やっぱり俺ってこっち側の人間なんだなと実感する。なんでもっと早く気づかなかったんだろ。
           あくまで男に対しては、ね。女はなぶり甲斐がある。気持ちを読み取って、気持良くさせれば素直になる生き物。朝鮮人や中国人の女が気が強いってのは、あちらさんがそこら辺読み取ってないから身体を固くしてそうなるだけで、いい女に仕込もうと思えば仕込める。


          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


           女のことをどうたらこうたら言ってるけど、実はまだ童貞。勘違いしてもらっちゃ困る。


           五飛「…貴様は、そうして女をエロい目でしか見ることしか出来ない男だ。しょせんエゴでしか戦っていない…!貴様のオナニーのために、何匹の精子が死んだと思っているんだ!」

           葉風「…聞きたいかね?昨日までの時点では、約9京982兆2億匹だ。レディ、ここ3日間の戦死者は?」
           
           レディ・アン「現在確認されているのは、我が精鋭部隊約10億匹です」

           葉風「そうか…あとで名前を教えてくれ…」

           五飛「きっ…貴様ァ!」

           葉風「戦いの為に犠牲となった精子は、全て記憶している….  ノベンタ、セプテン、ベンティ、ドーリアン、ワーカー、オットー、ブントー、みな、忘れられぬ精子達だ」

           五飛「貴様という奴は…」

           葉風「私は死者に対し、哀悼の意を表することしか出来ない。だが、君もこれだけは知っていてほしい。彼等は決して無駄死になどしていない!」




           年齢=彼女いない歴なわけで、実際マンカスがどんな匂いなのか知らない男だ。
           今までモテてこなかったわけではないけど、いつもいざとなると「俺に果たして彼女を幸せにできるのだろうか」などと考え込んでしまい、結局ちゃんと女の子と付き合えないままここまで来てしまった。(なんたる奥手!押せ押せ)
           てか今年26歳!(心はいつも高校生なのに!)どうする俺/(^o^)\
           変な奴らにつけられてるっぽいから本命を作りづらい。これってセフレを何人つくってもいいってことかな?(などと身の丈に合わないことを妄想中)
           今思えば、中学校や高校で思い切って好き好き光線投げかけてくれてたあの娘と付き合ってセックスしまくっとけば、俺の人生もっと垢抜けて良いほうに行ってたかもしれないなぁ・・・、と悔しんでます。高校生のカップルを見ると正直羨ましいよ。少年少女よ、後で悔やまないために大いにセックスに励みたかったら励んどきなさい。その若かりし頃は、どんなに金を積んでも、もう取り戻せないのだから・・・。


           顔は別にまぁ普通ってところだと思うんだけど、いくらか女の子たちの間で良い感じに思われたことを振り返れば、

          1.相手の気持ちを思いやる。相手の立場になった言葉を掛ける。
          2.仲違いしてるような女の子たちの間を取り持つようなことをする。
          3.悪口を言われても受け止められる打たれ強さ、上手く返せる機転。

           ってところかな。どれもこれも相手の気持を読み取る勘を冴えさせるところかなと思う。母親や姉や妹とか身近にいる女と話しているだけでも、いくらかコツが掴めるかと。
           何て言ってるけど、仕事場の女の子に声をかけて電話番号渡したり、道や街で思い切って声をかけてみたけど、「すみません」で終わってるんだけどな。ガハハハハ。
           俺に言えるのはこんなところ。

           あぁ〜っ。◯◯木馬に乗ったエロい好みのお姉さんが
           「一本やっとく?」
          って童貞を奪いに来てくれないかなぁ〜
          ヾ(*´∀`*)ノキャッキ(/ω\) ハジュカシィー・・・(/ω・\) チロ・・
           はい、他力頼みを地でいってま〜す。

           ナンパも出来ればどんどんやってみたいけど、本とか買い漁ってたら、お金って無くなっちゃうんだ。なんでだろ(´・ω・`)
          葉風 * 生き方 * 23:03 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

          怒り

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             このスレ見てたらなんか怒りが湧いてきた・・・
             (「VIPPERな俺」さんより「エホバの証人マジキチすぎwwww」)

             実を言うと何を隠そううちの親は元創価学会員で今は日蓮正宗をやってる。日蓮正宗が学会を破門したときに、学会を抜けた口だからアパートの隣の部屋に住んでる創価学会員のおばちゃんとかがベランダからうちのベランダに生ごみを投げ入れたり、鉄筋コンクリートの壁を工具かなんかでガンガン音を立てたり、うちの母親の悪口を近所の人に言いふらしたりと様々な嫌がらせを受けた。俺も小さい頃にそんなことがあった覚えがある。その家のおばちゃんは母親を見るときジロッと睨みつけるようなことしてたけど、娘さんと一緒に俺一人だけだったら何かやたら優しく話しかけてきた。なんか変なのぉ、って思ってた。そういう奴らがどんな奴らか思い当たるふしがあったから、コメントを沢山貰っている「尾崎豊を殺したのは創価学会」という記事を書き込めたんだ。
             まぁ、それはそれで置いとくとしよう。
             で、上の2ちゃんねるのまとめ記事で怒りが湧いてきたってところは、そこのコメント欄などに書かれている親の宗教的考えを押し付けられて苦しんでいる、苦しんでいたという人達の言葉を目にしたからなんだ。あぁ・・・、俺の他にもいろんな人達が苦しんでいると分かったとき、様々な過去から訪ねてきた怒りがこみ上げてきたわけだ。
             うちの親は元創価学会員仕込みの例の頭がイッちゃってる人たちなんだわ。日蓮正宗になってもあいつら、「神社に行くな!」「お稲荷様を拝んでた人は頭がおかしくなって狐になった!」とか、テレビのニュースで他の宗教の映像が流れると音を消したりチャンネル変えたりして「邪教が・・・」ってつぶやいてたり、「この宗教を裏切るような奴は頭破七分になるぞ!(頭が七つに割れるってこと)」と脅しつけられたり、毎日勤行やお題目といったものを強いられてきました。そういうやってることがアレな親は、学校でいじめられて悲しんでいる時も「勤行あげれば(唱えれば)良くなる」、俺が学校にいくのが嫌になって不登校になった時も「お題目あげれば、なんとかなる」って言って、どんなことがあったのか、どういう気持なのかとこちらの気持ちを考えもせずに「勤行!勤行!」「お題目!お題目!」ばっかり、そちらの考えを押し付けるばっかりなんだよ。だから、小6の時に「こいつら駄目だ・・・、こっちの気持ちをひとつも分かろうとしてない・・・」って思い始め、プレイステーションの「ゼノギアス」っていうゲームをやったときなんか宗教を隠れ蓑にやりたい放題をしている奴に言いかます話を見て「まさにこれだ。俺当てはまってる!」って思い、それまでサボリ気味だった勤行やお題目を本格的にやらなくなって、月に何回か近くのお寺に集まって勤行やお題目を唱えて説法を聞く集まりに行くのもかたくなに拒んで、まだまだ付きあわせられてる妹たちを尻目に、誰もいなくなった家でスーパージョッキーの早着替えや水着のおねえさんを見てオナってたりと好きにやってたわけだ。やらなくなったことにより父親との拳を交えた話し合い(怒鳴り合いとも言うか)をしたり、家族の中で「お寺行ったついでにこんないいところ行ったよ。行かないなんて可哀想」といった除け者気味にされたり軽く冷たくあしらわれていたわけだ。そんなこんなもあり、世間でいうところの重い鬱病になって引きこもったり、仕事に就いてもなかなかうまくいかなかったり馴染めなかったりとしていろいろあって、ただいま生活保護を受けて暮らしてるわけです。誤解を恐れずに言うと、そんな暮らしの中でも創価学会員なのか朝鮮人ヤクザの雇われ人か何かに盗聴、盗撮、監視、外に出れば何かしら怪しい奴らが付いて回る、そんな世界でいや人類史上でこういった人生を送ったことのある奴はいないだろうというオンリーワン(w)な暮らしで、何かと勝手気ままのようで気の置けない狭い思いをしながら生きてます(言っても信じてもらえそうにもないことが、他にもいろいろあります)。今でも親と連絡をとろうと思えば取れるけど、全く電話をかける気がしない。なにか困ったことがあれば今でも「勤行、勤行。お題目、お題目」の繰り返しで、何とかは死ななきゃ治らないを地でいってるわけです。
             と、まぁ、改行もせずに長々と俺の半生を書き込んだわけですが、“怒り”というのはこういった惨めな人生を送らせた親、その背後にある創価学会や日蓮正宗、また人の歴史上自然崇拝に比べたらポッと出の一神教諸々の人やその子供に考えや行いを押し付ける世界中の宗教に対して怒りが湧いてきたわけです。
             以下、心叫びです。


             ふざけんなよクソボケが、何が「私って良い親だった?」だよ、どこまで逃げまわるつもりだよ、クソババアが!涙ながらに言って、何良い親ぶってだよ、クソボケがっ!!てめぇの嘘にまみれた立ち居振る舞いにまみれて、こっちはおかげさまでとんでもない人生送ってるよ!クソボケがっ!!次に会うときはどっちかが棺桶に入ってる時かもな!
             くそふざけんなよクソジジイがっ!何が「親孝行しろよ!誰が飯食わせやって、育ててやったとおもってんだ!!」だよ。よくもまぁ、いろいろ殴ったり、こっちの気がおかしくなるまでおんなじようなことをなんども怒鳴ってくれたな!何が今になって、怪我して介抱してくれだよ!くそふざけんなよ・・・、てめぇなんざは墓に入ったときにそこいらで買った100円のペットボトルの水をかけてやんよ!クソボケが!
             この世のあらゆるイスラム教、キリスト教、ユダヤ教、大乗仏教、エホバの証人・・・マジ、ふざけんな!!潰れろ。てめえらの子どもがどんなに苦しい思いを肩身の狭い思いをしてると思ってんだ!クソボケが!!聖書や経典やらの言葉を借りてしか子供に話せないのかよ!クソボケが!そんなことしてる暇あったら、ちったぁ子供の気持ちを考えてみろ!エロいことして何が悪い!てめえらのクソ濁ったセックス観では悪にしか見えないんだろうがな、本当はセックスってのは身体を強くしたり感覚を研ぎ澄ましたり心を暖かくするもんなんだよ!自分の宗教観で間違っているからって、エイズとかの生物兵器を作って撒き散らすなんて、マジで宗教キチガイなんだよ!クソボケが!
             auのガンガン学割の「親孝行がしたい〜♪」ってCM何だよ。どこもかしこも親孝行、親孝行って。子どもを自分を認めてくれるオモチャみたいに扱いやがって、まだ子供にたかる気かっ!!死ねよ

             
             ハァ〜、すっきりしたε-(´∀`*)ホッ
             なんかこのブログの信用とか、いろんな奴らからのトチ狂った言葉とか、まともな親御さんに育ててもらった人のドン引きとか、いろいろスッ飛ばして気持ちいいw
             そんなこといってたら、自業自得?因果応報?自分自身に返ってくる?そんなもん、ひょいひょいって華麗にかわしてやんよ、ヒャハハハハ( ゜∀゜)。

             俺ってね、本当はこういう奴なの。これ豆知識な。


             未だに親の庇護下にあったりして、一神教という名のカルト宗教とかを抜けれてない人で俺の感じた違和感が分かる人は少しずつ活動に手を抜いていって、内から壊していこう。そいつら、君のこと本当に分かってくれてる?自然崇拝は気楽でいいよ、気持ちよくなりたいためのセックスもオナニーも好きにして良いし、つまんない説教みたいなもん聞かされなくて良いし、そしてなによりもあれこれと指図されなくて良いし。身の回りのことは身体で何が良いのか悪いのか、自ら決めればいいし。そっちのほうがね、心がウキウキ楽しいよ。どんなに「裏切り者!」と罵られひとりなろうと、振り返れば天皇陛下がただ幸せを祈っていただけているんだ。大丈夫。これこそが、本物の無償の愛ってやつなんだよ。
             みんな心の奥底で、どこかおかしいと思ってるんじゃない。目を覚ませ!君はいつだって自らの心を好きにできるんだ!
             セックスを禁止されてる?いいよ、いいよ、そんなこと。相手が13歳以上で初潮迎えてんなら、できるから。ただ、ゴムは挿れるとき初めっから付けとけよ。我慢汁でも妊娠しちゃうんだから。責任とれないだろ?女の子を自らの赤ちゃんを殺したことで悩ませるにさせるんだぜ。いろいろ知ったうえで、女の子をエロエロ調教させれば良いよ。あくまで相手の望む範囲でね。そんで、いろいろ喜びを知ったり苦しんだりして強くなれば良いよ。相手も同じ宗教やってるなら駆け落ちだ!
             

             人が本当の人付き合いをするために、人が幸せになるために、その縛られた鎖は自分自身が知らずのうちにつけていることに気づくんだ。そしたら、ガラっと生きることに楽しみを覚えるさ。ルンルンだよ。
             
            葉風 * 生き方 * 22:41 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

            国の行く末と女の行く末

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               僕には二人の妹がいて上は結婚していて、下の妹の方は母親とその再婚相手の義父と一緒に今暮らしています。下の妹は末っ子の要領の良さを活かしてか、高校の頃から男を取っ換え引っ換えしていて、現在彼氏募集中です。その妹と前に話をしたとき、「この間家にひとりで晩ご飯食べてたら、ふと、もしお母さんたちがいなくなったら私どうなるのかなぁ・・・と思ったら、なんだか泣けてきた」ってことを言ってました。
               今現在仕事や大学などのため一人暮らししている女の人や、親戚が近くにいない実家住まいで一人っ子の女の人も、親が共に亡くなったりするとちょっとした天涯孤独の身になってしまうんじゃないでしょうか。男だったら一人でいても何とかなりますが、女の人だったら話し相手もいなくて寂しい思いをするんじゃないでしょうか。そう考えると気軽に「別に結婚しなくてもいい」とか「女はひとりでもやっていける」とか言うのは酷いことなんじゃないでしょうか。内縁の妻と言っても、逃げられたりすることもありますし。
               子育ては大学に生かせるまでが親の仕事みたいに言われてますが、ちゃんと結婚相手まで世話するのが本来の親の勤めではないかと思います。いつまでも子供のままでいて欲しいと思っているのは、子供にとって不幸せなことじゃないでしょうか。


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               コーランの教えに従っていればあの世で処女と好きなだけやれる、と言っておきながら女を取り巻いている支配者層などを見ると、やっぱり一神教って宗教の皮を被った政治的支配の道具として生み出されたんじゃないかと思います。
               じゃあ日本はどうなんだというと、ご存知のとおり日本の神道は天照大御神がゆるやかにやおろずの神々を綜べらていて、決まりもかな〜りゆるく神社に行っても行かなくてもいいし、他の宗教をされていても全く良いし、お参りの作法も容易いものです。そして日本各地にある神社の頂きにお立ちなっておられるのが天皇陛下です。
               天皇陛下の御公務とはどういったことか御存知ですか。ただ、ただ、我々民の幸せ安らぎを願うことなんです。「天皇なんか知らね~よ」と言う人、皇室を無きものにしようとする者、「祈りなんて何の役に立つんだ」と言う合理主義者・・・、そういった人達も含め、日本を始め世界の人々の安らかなる幸せを願うこと、それが皇室であり天皇陛下がなされている公務(聖務)なのです。
               水田で田植えをされては民の食べ物が実りあるように、全国の護国神社を廻られては英霊たちを慰められ国が安らかに定まるように、冬の肌寒い時にひとり冷たい床の上で2時間もの間正座で日本の幸せをただただ祈られておられたりするのです。職業転職の自由もなく、四六時中付き添いがいる、そんな一生。
               あーしろ、こーしろと言う一神教。ただただ民の幸せを安らぎを願い祈る、神道及び天皇陛下をはじめとされた皇室の方々。
               インターネットが出来る中東のイスラム国家ではエッチなサイトが人気になってるとか。結局、人の気持ちに様々な成文法は効き目がなかったということではないでしょうか。人殺しをしてはいけない、と言っても「あいつらは人ではないから、どんなことをしてもいいんだ」と言い逃れる始末。煙草を吸っている中学生に「未成年がやっちゃだめなんだぞ」と正論を吐くような虚しさ。なぜそういった自らを傷つけることをするようになったのか、くすぶっている気持ちを良い方に活かせないだろうか。そんなふうに相手を深く知ろうとすることから生まれる、実践知、言葉にはならない思いや決まりといったものが本当に人々の役に立つものではないでしょうか。
               そういったこともあり、世界中で廃れていってしまった自然崇拝というものがよみがえることが今後の穏やかな世界、人が栄えることにもつながっていくんじゃないかと僕は思うのです。一神教だったら教えの違いなどによって血みどろの潰し合いも生まれやすいけど、自然崇拝だったら分かり合えることも多いでしょう。

                (御公務などの詳しい事柄は小林よしのりさんの「天皇論」シリーズ宮内庁ホームページをご覧ください)

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               女の人達が心安らかにエッチになれるように、世の中を日本を良くしないとね。
               教育を厳しくしたり徴兵制で日本の男たちの心や体を鍛えれば、女の人達もイイ男がいっぱいいすぎてムラムラにゅフフ(〃´艸`〃)ってなっちゃって元気になるかな。
               男だけだとああだこうだと争ったりするけど、女の人たちの幸せを真ん中において考えれば、国の行く末も良い方に行くんじゃないでしょうか。

              葉風 * 生き方 * 00:22 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

              さくら

              0

                 自分自身がなにか偉大な存在だ、なにか特別なやつなんだと思うから生きることが苦しいんじゃないでしょうか。
                 自分なんて世界や宇宙から見ればちっぽけな存在、消えてしまっても皆がそれとなくやっていけるものなんだと思えば、楽しく生きようが明るく生きようが好きにできるんじゃないでしょうか。大舞台に立って、「これで失敗しても地球が爆発するわけじゃないし」と考えれば気が楽になれるんじゃないでしょうか。
                 私はなにか特別な存在で落ちこぼれることも許されない、とか思っているから他ののんびり生きている人を見てひがんだり、悔しがったり、自らよりも優れている人を見て粗を探したくなったりするんじゃないでしょうか。
                 自分自身なんて、大したやつじゃないんだ、ちっぽけな存在なんだと思えば気楽に生きていけるかと。
                 そういう人の儚さを知れば、今日あったあの人も明日には会えないかもと感じるようになって、人付き合いも変わってくるんじゃないかな。

                 人の命の重さが〜とかって、なんか重いんだよね。押しつけがましい。未練たらしく、惨めったらしい。結局それって、自分自身が醜いことしてでも生きることにしがみつくことを自分自身に言い訳してるように感じる。どんなにごまかして身体は知っているんだね、そんな生き方つまらないって。だから、自分自身を説き伏せようと必死になる。人は本能的に楽しく明るく生きていたいから、それは無理なんだけどね。

                葉風 * 生き方 * 23:35 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

                甲斐性

                0

                   親のせいにするな!社会のせいにするな!こんなことをよく耳にする。
                   確かに誰かのせいにしたところで、何も解決はしない。しかし僕はそんな言葉を聞くたびに、何て甲斐性ない器の小さいヤツなんだろうと思う。
                   逆に僕はどんどんブログに書いたことと違うことになって、何かあれば僕のせいにしても一向に良い。責任を取るかどうかは分からないけど。
                   これと同じで、親も子どもに責められても良い、社会的地位の高いものは部下に責められても良いと物事に当たっていくのが、上に立つものの心構えじゃないだろうか。
                   何かあったときに「親のせいにするなんて、お前の努力が足りないからだ」と言う親と、「私の力が至らなかったばかりに苦しい思いをしてしまってすまなかったね」と言う親、どちらが真心を持って子どもを育てようとしているだろうか。何かあったときに「社会のせいにするな!お前の実力が足りなかったからだ!」と言うお偉いさんと、「私たちの力が足りなかったばかりに、若者に苦しい思いをさせてしまって、すまない」と言うお偉いさんではどちらが心から社会を良くしていこうとしているだろうか。前者は自分が責められないように必死で逃げ回ろうとしている。後者は本物の強さを持っている。どちらが人を楽しませ、信頼されるかということは言わなくても分かるだろう。
                   親孝行という言葉がある。そもそも親を大切にする者ばかりだったら、この言葉も生まれなかったことだろう。「親孝行なんて湿っぽいことはいいから、世のため人のためになるようなことをやってきなさい」と送り出してくれる親の子供はのびのびと生きて行けるだろう。「今まで生きてこれたのは誰のおかげだと思ってんだ、言うこと聞かないなら家から出て行け」と恩着せがましい親の子供は、人を憎み社会を憎むようになっていくことだろう。
                   親のせいにする、それは甘えだと言われる。僕はどんどん甘えていいと思う。それが満たされて初めて、安らぎや愛しさを覚えるのではないか。そして、気づく。人のせいにすることは弱いことなんだと。
                   親に抑えつけられた気持ちの人は、憎しみを解き放とう。おもいっきり親のせいにしよう。そして今度は自分自身が人に甘えられるように強くなろう。そっちの方が断然楽しい。

                   ちょっとクサかったかな。

                  葉風 * 生き方 * 16:19 * comments(3) * trackbacks(0) * - -
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