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自分に気づく心理学 その3

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     「皆仲良い円満な家庭」の持つ悲劇   (99ページ)

     劣等感のある人はたった一人で敵陣の中にいるようなものだというのは、人間の動物的本能の素晴らしさと限界をものがたっている。
     深刻な劣等感に悩んでいる人、つまり神経症的になってしまっている人というのは、確かに育つ過程においてはたった一人で敵陣にいたのである。その人が敵に囲まれて育ったということは正しいであろう。
     深刻な劣等感から神経症になってしまった人というのは、小さい頃、近い人が皆敵だったのである。もちろんその人の遠くにはいろいろな人がいたであろうが、家族のようにその人の近くにいる人は皆敵だった。
     敵であるということは、その人の自然なあり方を許さないということである。周りの人はその人に思いやりなどを全く持っていないということである。周りの人はその人を理解など全くしていないということである。
     周囲の人々は心の中に持っていた憎しみなどを、その人との関係で処理していたということである。たとえば、その子をからかう、あるいはいじめる、おもちゃにする。周囲の大人はその子をおもちゃにすることで、心のうっぷんを晴らしたり、自分の優越をたしかめて面白がったりしているが、おもちゃにされてももて遊ばれた子は病んでいく。
     その子にとって周囲の大人の存在は敵以外の何物でもない。その子はみんなの欲求不満のはけ口にされているのであるから。
     ただその子の間違いは、その環境の中ですべての人間のイメージを作ってしまったことである。大人になって自分の近くにいる人が変わっても、まだ小さい頃と同じ感じ方をしていることである。
     しかし、とにかく育つ過程において近くにいた人は、その子にとって敵だったのである。そのことをその人は無意識のうちに知っていた。その子の動物的本能で自分の周囲にいる人は自分にとって好ましい人々ではないと感じていた。
     それを意識していたかどうかは全くべつのことである。そしてそれ以上に重大なことは、敵であるにもかかわらず怒ることを禁じられたことである。
     “怒ること”は“わるいこと”なのである。そして怒る人はわるい人である。兄弟ゲンカもわるいし、いわんや親に怒ることなどは神を冒涜するに等しいことである。
     からかわれて大人のおもちゃにされた時、つまり侮辱された時、心の底で怒った。しかしのその怒りは表現されなかった。その怒りは抑圧された。つまり自らもその怒りを意識することはなかった。
     怒りは心の底にたまり、敵に向けられるべき怒りのエネルギーは自らにも向けられ、自分に罪の意識をおぼえるようになった。だからこそ劣等感を持っているものは罪責感を持っているのである。
     なぜか自分は許されない存在であると感じ、神にむかって許しを求めるようなつらい毎日を送り出す人がいる。どうしても自分が許された存在であると感じられないのである。それはひとつには、小さい頃自分の近くにいた周囲の人が、自分の実際の存在を許さなかったということもある。
     従って自分の自然の感情、自然の姿に罪の意識を感じる。つまり皆に許してもらえなかったのであるから、罪責感を持つのは当たり前であろう。しかもその人たちの保護なしに自分は生きられなかった。
     ところでもうひとつの重要な原因は先に述べたところである。敵に向けるべき憎しみのエネルギーを自分に向けてしまったことである。「許せない」のはもともと自分の周囲にいて自分をからかって侮辱していた人々である。
     ところが怒ることはわるいことであるから、それを抑圧した。もともと他人にむかって「許せない」と怒るべきエネルギーが、自分にむかってしまったのである。
     小さい頃兄弟ゲンカができた人は幸せである。一切のケンカを禁じられた子供は、あらゆる兄弟間の不当なことに耐えなければならない。耐えるばかりでなく、その怒りを自分にむけることで、自分が自分にとって「許せない」存在になってしまう。自分が自分を憎んでしまう。自分の存在を罪の意識で責める。
     自分の存在に罪責感をおぼえ、何をしていてもなんだか自分を許せないような気持ちに苦しめられている人は、小さい頃を本気で反省することである。小さい頃他人が自分を傷つけたとき、それを受け入れることを周囲の雰囲気は強要していなかったろうか。
     「皆仲の良い家族」という美名のもとに自分を卑しめつづけ、傷つけつづけることを強要された人が、深刻な劣等感を持ち神経症になっていくのではないか。
     怒ってはいけない、そして怒らないことで良い子とほめらえる。そんな風にほめられることで神経症になった人間は、どれだけの代価を払ったか分からないのである。
     自分が神経症気味だなと感じている人は、「良い子だなぁ」と言われたいがために、自分はいったいどれだけの犠牲を払ったか考えてみることである。「良い子だなあ」と言われるために、自分をまともな人間でなくしてしまったのである。「良い子だなあ」と言われるために、生きる喜びを捨ててしまったのである。捨ててしまっただけではない、生きることを辛いことにしてしまったのである。
     「怒ったら罰せられる」、この感じ方によって生きることが地獄となってしまった神経症の人の何と多いことか。「うちの子は皆仲が良い」という親の虚栄を満足させるために、地獄に突き落とされた子、それがうつ病の人である。毎日生き地獄のなかをさまよっている神経症者も、もし小さい頃、親が「うちの子は皆仲が良い、親に反抗もしない良い子ばかりだ」という悪魔の満足を求めなければ、救われていたかも知れない。
     なかでも、怒ることを禁じられた家庭生活において悲劇の子は末っ子である。一番弱い立場の子は一番いじめられ、からかわれ、一番不当なことに耐えさせられる。
     自分の怒りの感情の表現を禁じられた集団にあっては、もともと比較的つよい立場のものは、比較的弱い立場のものを陰湿にいじめるものである。そのように陰湿にいじめることで欲求不満を解消する。
     「うちの子はケンカひとつしないで皆仲の良い子で、理想的な家庭です」などという常軌を逸したことを言う親がいたら、その親は自分の神経症的自尊心の満足のために、少なくとも末の子を地獄に突き落としていると思って間違いないだろう。
     そして病んでしまった子は、自分を地獄に突き落とした親を、たいてい理想の親と思っている。そして親が自分を地獄に突き落とすことを手伝った兄や姉を立派な人と信じている。


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     (考察)
     侮辱というものは分かりやすい罵りなどだけではなく、相手が自分の力で出来そうなものを横取り、「あなたには出来ないからやってあげるわ」「あなたは私がいなければ成り立たないのよ」といったような言葉を投げかけられこともひとつのその人への侮辱である。近頃の子供や若者たちは皆ケンカをしない「良い子」が多いと聞く。まさにこういったことが当てはまるのではないだろうか。
     これに似たことが今の世には出回っている。「反戦平和」や「平和主義」といった言葉だ。人の心に流れる怒りや憎しみの感情を抑えつけ、ただただ戦争をしないこと戦争に関わることを考えもしないことを唱える人たちがよく使う。戦争というものは、話し合いで決着がつかなかったときの政治的手段であり、またその話し合いを有利に進めるための脅しの効果でもある(近代戦ではその国の公共事業としての役割など、お金儲けとしての手段としても扱われているが)。これが世界の大人の駆け引きであり、日本の安全も「反戦」を唱える人の安全もこのうえで保たれている。もちろん、兵器を持っているからといって無闇に人を殺して良いわけでもなく、その運用方法にもそれなりの決まりごとがある。
     本当に強い人というのは自分の力の使いどころを見極めていて、ここまでやるのはやり過ぎだとか、力を抑えるところだということが分かっている。これと同じことで軍事関係に詳しい人ほど、戦争というものに現実的で慎重だ。逆にそれまで他国に舐められ馬鹿にされても、その怒りを抑えつけひたすら「平和」を唱え続けていた人は力の加減を知らず、「じゃあ、大統領の乗った旅客機を撃墜すればいいのか」などと極端に過激なことを口走る。子供に対する虐待やホームレス襲撃などの「普段は良い子」による犯罪も似たような怒りを抑えつけて心が歪んでしまい、はけ口を求めて極端に走ったものだろう。広島など世界平和を唱える日教組が多いところほど、教師による子供に対する性犯罪などが多いこともその証左だ。社会で蔓延る「反戦平和」や「平和主義」はこういったように、その国の民に大きく関わってくるのだ。
     こう振り返ると戦後日本の「戦後民主主義的なるもの」は単なる思想やイデオロギーだけではなく、心の問題として捉えていくものではないだろうか。もっと、自らも含めた社会思想と心の関わり方といった切り口で今の日本を見ていけば、少なくても己の心には温かい日差しが差し込むのではないだろうか。
     尚、この記事を見て強い拒否反応を示りたり、徹底的な無関心を決め込もうとした人ほど、親に心を抑えつけられている人だと付け加えておく。

    葉風 * 読み物(生き方) * 04:46 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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