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    恋バナでもすっか

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       なんか急に昔のことを思い出して 懐かしくなったので、何かの参考になればと思ってちょっと書いてみます。


       初恋は中1の頃だったか同じクラスの三隅って女の子だったな。足が早くて中学校代表の陸上選手に選ばれたり、水泳部でも活躍してたりしたスポーツ少女だったねぇ。顔が好みで、一目惚れだったね。性格はコギャルっぽい明るさで意地悪なところもあったり、自分で下ネタ言っておいてやっぱり恥ずかしくなって顔をうつむかせたりしてたねぇ。いくらか話したりしたことあったけど、何にもなかった日が続いた。
       そんなある美術の授業の時、絵の具を忘れて隣にいた中くんに絵の具を借りた授業の終わりに、斜め前に座っていたその子がちょっと強い口調で「ちゃんと中くんに絵の具返したの?」と聞いてきた。だけど、もうとっくに絵の具は返し終わってたんだね。恥ずかしくなったのか顔を机に伏せている彼女を見て終業のチャイムが鳴り終わった後、「気にしてないよ」と肩をポンと叩いて慰めた。彼女は驚いたようにぼくを見たね。その後からだね、猛烈な好き好き光線を投げかけられはじめたのは。家庭科の調理実習でも、廊下で通りすがる時も、いろんなときに周りの目も気にせずガン見されました。正直好きだったけど、そこまで迫られるとちょっと尻込みしちゃって、結局何もないまま時は過ぎました。それからも道ですれ違うたびに、ちょっと見つめ合ったりしてたけど、結局何もないまま。彼女がA型で僕がB型の消極的な者同士ってこともあったかも。
       中2のある日の放課後に突然、「よし!いい加減告白しよう!」と思いたち、彼女の下校路や学校の中を走って探しまくって、やっと学校の校舎外で彼女を見つけて後ろから呼び止めた。ずっと振り返らず、背中を見せたままの彼女に勇気を振り絞って「あ、あのさ・・・・・・」と声を欠けた瞬間、彼女のお母さんが遠くから彼女を呼んだんだね。で、結局彼女は振り返らずにそのまま、たったーと駆け去ってしまいましたとさ。ほんと・・・・・・、青春だねぇ・・・・・・w 今考えると何でそんなに恥ずかしがってたのか、分かりません。とっと告白して付き合っちゃえばよかったのにねぇ。ホントあほ。結局そんな微妙な関係が続いたまま卒業してしまいました。彼女は女子高に進学したので、それっきりです。
       今その時の心境を分析してみると、一番の要因は学校では大人しく優しげだけど、家では週に2,3回くらい、主に父親と「死ねや!クソジジイ!!」「ぶっ殺すぞ」とか言って殴りケーションを展開してて、当然周りの家にも聞こえてて、学校でも「あいつは大人しそうだけど怒ると怖い」みたいな噂されて、男からも◯◯さんと勝手にさん付けで呼ばれたりしてて、そんな家の事情が恥ずかしかったというのがあったかな。それと、何かで「虐待されて育った母親は子供にも同じようなことをする傾向がある」というのを見て、もしかして好きな彼女に俺も家で父親と殴り合っているように酷いことをしてしまうんじゃないだろうか、と気にしてしまってたのもあるかな。そんなのは、ただの思いこみなのにねぇ。あと、お金があんまりなかったんで、ろくなデートもできないな、と思ってたのもあるかな。好き同士なら、おしゃべりしながら歩いてるだけでも楽しいのにね。思春期ってのは、ほんと今思うといろんなことを気にしすぎてたなぁ・・・・・・と懐かしいです。
       ちなみに中3の時、1こ下の妹が彼女がキャプテンを務める水泳部に急遽入ると言い出したときはちょっとドギマギしました(当然、妹は彼女と僕の関係は知らない)。妹が家で水泳部で「三隅先輩がいろいろよくしてくれた」みたいな話を聞いたときは、「へえー」とか言いながら内心ドキドキしてましたね。

       中2の時、普段心落ち着かない家で唯一ひとりで落ち着ける昼間の時間を気に入り、不登校気味になっていました。ゲームを気兼ねなくやりたかったっていうのあるけど(父親が「ゲームは一日1時間」っていうのを拳で教えてくれる人だったんで)。そんなこんなで進学も担当の先生がわざわざ家庭訪問してもらうほど危ぶまれてましたが、中堅の公立高校に合格しました。本当は夜間や通信でもいいやって思うくらいまともに行く気はなかったんですが、父親の「合格したら好きなもの買ってやる」という言葉に飛びつき、プレステ2のために合格しました・・・・・・w
       そんな志で入ったからか、高1の1学期、高校に向かうある朝、突然「学校なんかどうでもいいわ」と天の声が聞こえたかのように学校に行かなくなりました。特にいじめられていたわけでもなく、平々凡々な高校生活を送っていたのですが、天啓というのはあるんですねぇ・・・・・・w それからというもの、漫画とかで幼馴染が朝に起こしてくれるように、朝いつまでも布団の中でミノムシになっている僕を父親が蹴り殴って起こしに来てくれましたが、天邪鬼な僕は「ぜってー行かねー」と意固地になって不登校を決めていました。結局、親と担当の先生による勝手な話し合いの結果、1年休学して、来年、また1年生からやり直すということが決められました。それでも学校に行く気はなかったのですが、母親から「◯◯の将来がかかってるの、お願いだから学校に行ってちょうだい」と泣きながら頼まれたのでしぶしぶ行く事になりました。

       新年度生から学校のカリキュラムってやつが変わり、制服も一新された高校。改めて新1年生になった僕が上級生との顔合わせみたいな学校の集会に行くと、「あっ、◯◯さん!」とかつて同じ中学でかつて同級生だった顔見知りが驚いたように声をかけられました。恥ずかしげに「やあ」って返すのが精一杯でした。高校生で留年するといろいろとつらいぞw 同じ1年生は何事かと僕を見ていましたが、いろいろ噂で事情を察したみたいでした。妹は中学校の時、生徒会役員をしていたくらいに知られていたので、妹の友達だったみたいな子に「◯◯のお兄さん?」と聞かれたりしました。今の学年は知っている人もいなく、留年してまた1年生やってる不良っぽい同じような状況の男子が一人いるくらいでした。
       引きこもっていた影響で消極性に磨きがかかって暗めな性格ながら、まあなんとかクラスで一緒に話すくらいの友だちもできました。
       そんなある日、クラスのコギャルな女の子が笑顔で僕にこう言ってきました。「◯◯くんってさあ〜、バイなの?(バイ:男にも女にも性的興味のある人)」。周りで一緒に話していたクラスの男は凍りつきました・・・・・・w 僕にそんな要素が見られるのか知らないけど、コギャルの言葉で、今まで何気に話していたクラスの男子がなんとなく距離を置くようになりました(それまでと変わらずに話してくれた子もいたけど)。「これはヤバイ。俺にホモ疑惑がかけられてる・・・・・・」、僕は焦りました。腐女子さんも妄想や同人誌などにとどめておいて、実際にその男の子に言わないでくださいねw
       その後も周りの男子の何となくよそよそしい態度に焦った僕は、「ホモ疑惑を払拭せねば・・・・・・」と思案しました。
       そんな折、東京の雑誌でモデルもやってるという2年生(というか元同級生)で同じ中学出身の村上というキレイな女の子がいました。その村上さんは、中学の時好きだった女の子の友達でもあり、授業で一緒になったこともあったりして、ほとんど話しもしたことはないけれど顔見知りでした。学年の違う僕のクラスの男子も噂をするくらいモテモテで、男をとっかえひっかえしている、みたいなことを耳にしたりしました。時々廊下ですれ違う時、目があって「1年生からやり直して、頑張ってるなぁ」みたいな目線を送られ、恥ずかしげにすごすごと通り過ぎるというようなことや、美しい顔立ちなこともあり、なんとなく気になっていました。そんなある日、その村上さんの現在の彼氏と思われる人が友達とともに廊下の向こうから歩いて来ました。実は前々から、村上さんが公衆の前で僕に目線を送っていたことを妬んだのか、2年生の男子から通りすがり足をかけられたり、トイレの出口でメンチを切られてお出迎えをされたりしていました。その噂をその彼氏も知っていたのか、通りすがり「マジ、あのヤリマン女、ちょろいわ〜」「ギャハハ」みたいな悪口でそのお友達と盛り上がってました。中学からの顔見知りなこともあり、僕はその言葉にカチンときました。思えば、顔がキレイでスタイルがいいということだけが注目されて、書道部に入ってて字も上手いことなど、もっと彼女の内心に気がつく男はいないのか、と美人さんも根も葉もない噂を立てられたり、ゲスな勘ぐりばかりされて大変なんだなぁと少し同情しました。まぁ、もとはといえばそんなことを言う男と付き合っている彼女も彼女なんですが・・・・・・w
       相変わらずホモ疑惑をかけられていた僕は、そこで思いつきました。「じゃあ、村上さんに告白して、ホモ疑惑を払拭すればいいじゃない!」。2年生の村上さんが掃除時間に担当している場所を把握した僕は、ある日思い切って告白に打って出ました。下駄箱でクラスメイトの女の子ふたりと、上履きに履き替えてる最中声をかけました。
      「あ、あの・・・・・・む、村上さん・・・・・・今日の放課後に話があるんだけど・・・・・・」
      するとすかさず、周りにいた女の子が
      「あっ、でも◯◯(村上さんの名前)って彼氏いるんだよねぇ。残念!」
       そういったことを知った上での告白で、本当は「あいつは君のことを心から想ってないよ。俺のほうが君のことを思っている。俺と付き合いな!」な〜んて言えればよかったんですけどね、消極性に磨きがかかった僕は、
      「あっ、そうなんだ〜。あはは」
      と言ってその場を走り去ってしまいました。村上さんはずっと無言でした。
       たちまちそのことは学校で噂になりました。
      「◯◯くんって、面食いだったんだねぇ〜」
       ホモ疑惑の原因となったクラスのコギャルちゃんに声をかけられたりしました。周りのクラスメイトも直接口にしないだけで好奇の目で僕をみるようになりました。男からは「あんな女にはふられてよかったんだよ」とか「調子に乗るからだよm9(^Д^ )」とかみたいなことを暗に言ってきました。女からは2年生のまったく知らないに女子に通りすがり「ほら、あの子が例の・・・・・・」「何、何?えっ、Σ(゚∀゚)キャー」みたいなことをこっちを見ながら話してたりと周りの目は変わりました。その時僕はおじさんメガネを掛けてちょっと暗い子といった感じだったので(今も見た感じそうだけどねw)、身の程知らずが玉砕したといった感じで見られていました。
       そんなこんなで、とりあえずホモ疑惑は解かれたみたいで少し安心はしましたが、村上さんにちゃんと言えなかったことが心残りでした。そこで僕は再び声をかけることにしました。数日後の掃除時間階段の踊場で友達と喋りながら掃除をしている彼女に声をかけました。周りの子は「あっ、あの子だ」という感じでニヤニヤしています。近づいてきた僕に村上さんは伏し目がちで黙っています。まず周りにいた女の子から声をかけられました。
      「ごめんね。◯◯は彼氏がいるんだよね」
      ここでビシッとかっこ良く決めるつもりだったのですが、いざとなると照れてしまい、
      「じゃあ、俺が彼氏から奪い取る!な〜んちゃって」
      「もう、冗談。アハハハ」
      と、まわりの女の子と盛り上がってしまいました。村上さんは伏し目がちで黙っています。そんなことをしているうちに、また彼女とろくに話もしないまま立ち去ってしまいました。
       そんな話がまた伝わってきたのか、今度は僕が村上さんのストーカーをしているみたいな噂が流れました。「身の程知らずが。現実を見なよ( ´ー)フッ」といったように、ホモ疑惑の次はストーカー疑惑がかけられ、ちょっと肩身の狭い思いをしました。
       それから1週間後、村上さんがその彼氏と別れたという噂を耳にしました。その噂を僕に聞こえるようにしていたクラスの女子は「まっさかねぇ〜」といった感じで僕をじろじろ見ています。
       僕の通っていた高校は、一年生の教室の窓際がちょうど下駄箱に行くための唯一の道になっていました。僕は窓際の席にいたので、遅刻しそうな生徒などを横目で眺めることができました。もちろん外からも僕の姿が見えます。村上さんが別れたという噂が流れてから数日後のある朝、いつものように遅刻しそうな生徒があわてて駆け込んでいく中、ひとり悠然とモデル歩きで歩いてくる人を見かけました。村上さんです。村上さんは僕がいる窓際のそばに来ると、僕に意味ありげに目配せをしました。同じ窓際近くにいる人らも彼女に気を取られていたのか、意味ありげな目配せを彼女が僕に向けたことに「えっ、マジかよ」という驚いたような表情を向けてきました。
       これはチャンスでした。今、再び彼女に声をかければ高い確率で告白は成功するでしょう。しかし、ここでまた引きこもって磨きのかかった自己否定感が首をもたげます。「ていうか、別れてすぐだし。普通、別れてから1ヶ月くらいは空白期間を持つもんじゃないのか?別れてからまたすぐに付き合いだしたら、彼女の評判もまた悪くなるだろうし。ていうか少ない小遣いで、経験豊富な彼女を満足してあげられるだろうか?」といった具合に尻込みしてしまいました。
       そして、1か月後・・・・・・。彼女には別の新しい彼氏ができていました・・・・・・w モテモテでひっきりなしに告白されていた彼女なので、1ヶ月と待っていられなかったようです。彼女が幸せならそれでいいのさ・・・・・・、と都合よく心の中でカッコをつけて自分を慰めていました。

       (こっから脱線)

       それから数ヶ月後、僕はバイトをしてためたお金で新しくメガネを買うことにしました。一番後ろの席で黒板の字が少し見えにくくなっていたためです。メガネ屋がいうには近くもしっかり見えていた方がいいそうで、ゲームをするときもメガネを掛けて、という言葉を素直に真に受けていました。しかしそれが近眼を悪化させました。後々ネットで知ったのですが、遠くを見るためのメガネで近くを見続けていると、特に成長期は、目の悪くなる早さが格段に上がるようです。近眼のレンズは度数を上げれば上げるほど、遠くから見ると目がちっちゃく見えます(遠視用メガネは逆に目が大きく見える)。新調したメガネは前よりもっと度が進んでいました。
       そんな新調したメガネをかけて学校に通っていたある日、通りがけに女子から「キモッ」と言われたりするようになりました。その頃は、度数の進んだ近視メガネで目が小さくなって見た目が悪くなるということを知らなかったので、頭が混乱しました。暗いとは前から言われてましたが、そんなことをいわれたのは初めてだったからです。多感な思春期の頃でしたから、なおさら堪えました。家に比べれば学校に通うことなんてストレスの少ない環境だったのですが、それから家にいても学校に行ってもストレスのかかる慢性的な精神疲労が溜まって行きました。前に記事にした左右の身体神経バランス不調もこの頃からかなり悪化し、右目はいきいきしてるのに左目は濁った死んだような目になったり、ストレス解消にオナニーしてもどこかしこりの残る欲求不満状態になったり、右脳と左脳のバランス変化から来るのか急激に気持ちが落ち込んだりするようになりました。それを直そうと一生懸命に目を見開くようにしたりしてみたり、顔を気合を入れるように強張らせてみたりしましたがダメでした。どんどん見た目も悪くなり、余計に暗くなった僕からまわりも距離を置くようになってきました。明るく振る舞ってみても空回りし、あからさまに「キモい」と女の子だけでなく男からも言われるようになりました。授業中に先生も僕のいる方の席を見ようとせず、「おまえら、そんなことしてると(誰かさんみたいに)友達なくすぞ」みたいなことをほかの生徒に言ってたり、「周りに迷惑がかかるようなら、自殺したほうがいいよねぇ」みたいなことも言われたりしました。どうやら僕がキモくて暗いことが周りの負担になるようです。好き勝手なことを言われ内心頭にきていた僕は「だれが自殺なんかするかよ。お前らの思い通りに誰がなるかよ、クソが」と思っていました。大人しく見えて割りと反骨心があるようです。それからも、帰りがけ自転車に画鋲が刺さってパンクしていたことが何度もあったり、中学時代の友達も愛想笑い気味に距離を置かれたり、親からも目線をそらされるようになったり、妹が「◯◯ちゃんからね、◯◯ちゃんのお兄ちゃんって気持ち悪いよねぇって言われた〜」とか聞こえるように言われたり、道行く人からも目線をそらされ「気持ち悪い」と言われたりしました。

       独りでした。

       正直、あの頃のことを思い出すと、今でもつらい気持ちで涙が溢れ出そうです(今も盗撮、盗聴されたりと十分酷い状況ですが)。
       本気で自殺も考えたこともありましたが、「今まで散々酷いことを言われたりしたのに、何で俺が自殺せんといかんのか」と怒りがこみ上げてきて止めました。

       つらい高校生生活にもいくらか良いことはありました。おかげでもともと家の事情でストレスに辛抱強かったのが、ますます鍛えられました。そんな状況に置かれている僕を見て、遠巻きに励ましてくれる女の子たちもいたりしました。状況改善のために読み漁った数々の本の中で、ネットを始める前からGHQの洗脳から逃れられ、真実の歴史を知ることもできました。高校3年生の歴史の授業の時、さらっと従軍慰安婦や南京大虐殺などのウソを教えようとしている先生に授業中手を上げて「先生、ウソを教えないでください」と何言ってんだこいつ?という雰囲気の中声を振り絞って発言し、何人かの先生にそのことや戦後思想について論争し、中には頭の柔らかい先生が「これは重要なことだね」とニッと笑ってくれたり、喧々諤々と言い合った国語の先生が卒業式で並んで卒業生退場をする中手を差し出し「がんばれよ」といった目つきで握手してくれたり、悪いことばかりでもなかったようです。
       
       高校3年生の時に、いつまでも怒り狂ってストレスのたまる父に怒鳴られ、泣いている母を見かねて「俺たちはもう大丈夫だから、いい加減離婚しなよ」とすすめて、家庭内暴力で夫がどこまでも追いかけまわすなかなか離婚ができない人用の公共の機関に母親を逃しました。そんなこんなで、妹達も時間をかけて密かに母親の方に付いて行きました。
       卒業してからはまわりの迷惑にならないように引きこもろうとしましたが、アパートの上の階から昼間にただの改装工事とは思えないような爆音が聞こえるようになりました。こんなことを言ったら事情を知らない人は頭がおかしくなったと思われると思いますが、それからというもの僕のゆく先々で不穏なことが起きるようになりました。明らかに誰かに盗聴、盗撮されている節がありました。いくら僕に非があるとはいえ、世の中のいじめを助長するようなしつこい嫌がらせがありました。埼玉に出てきて初めて住んだアパートでは、オナニーをしていると「出る!出る!ギャハハ」と壁の薄い隣の部屋から汚い男の声が聞こえたり、夜中に布団に入るといきなり隣で馬鹿騒ぎを始めたり、様々な嫌がらせを受けました。それからも彼らのまるで朝鮮人がやっているようなしつこい嫌がらせは現在にも至っています。僕の盗撮、盗聴映像をネット配信したりもして愉悦に浸っていることも分かっています。靴か何かにGPSをつけているのか、外でも携帯を片手にこちらをちらちらみてニヤニヤしている不審な奴らに出くわしたり、外に出かけるとパトカーが必ずといっていいほどランプを付けて通り過ぎたりします。事情を知らない人は頭がおかしくなったと思われるかもしれませんが、これは本当に起こっている事実です。警察も今や腐れ切っています、このしつこい嫌がらせにはすでに警察を牛耳っている朝鮮人のスパイ機関である創価学会も関わっていることでしょう。いやがらせをし、それらをネット配信することで、見ている日本人に立場の弱いものをいじめる心を広げ日本人を腐らせよう、日本を分断させようという狙いもあるのでしょう。何度も言いますが、これは事実です。朝鮮人勢力が僕という気持ちを盛り下げる存在を利用して、日本を好き勝手にしていい口実にしようとしているといったこともあるでしょう。それと、これから世界の支配者を気取る人らが敷いていく監視社会の仕組みの実験もかねているかもしれません。僕以外の人のほうが僕のくらしを盗み見ているサイトへの行き方をよく知っているのではないでしょうか。

       そんな僕の身の上を知っているのか、自動車教習所で涙を流してくれた女の子もいたっけな。ありがたいことに。でも、そのときは受付のお姉さんのほうが好きだったんだよね。既婚者なので撃沈でしたが。

       まぁ、そんなこんなもありつつ、実家を出て一人暮らしをしながら働いてはいましたが、喧嘩を売るつもりがないのに喧嘩を売っているような不機嫌な顔になっているのか、今までのバイトはだいたい人間関係で揉めて辞めることになることが多く、民主党不況も手伝ってかアルバイトの面接をことごとく落とされ、やむなく今も生活保護を受けています。しばらく、身体神経の不調もあり、周りの迷惑にもなるみたいなので引きこもってました。今は、体調もいくらか解決し、気持ちも前向きになったので、生活保護を受けつつですが外で働くことになりました。いままで散々ひどいことをされて、周りに迷惑をかけたという罪悪感もまったく無いので、周りの目を無視してガシガシ行く所存です。

       なんか後半は恋バナというより身の上話になりましたね。
       これからは、35歳までは本命の女の子づくりはやめて、女という興味のある研究対象をいろいろ知りたいなぁとか思ってます。僕の身のまわりがいろいろと穏やかでないので、特定の女の子だけを持つことは危険なんじゃないかと思っているのもありますが。
       お金がない分、女をぞくぞく悦ばせられるようなことを教えてもらい、技を磨いて女の下っ腹を熱くさせていきたいなぁと思ってます。もう27歳なのに、いい大人が恥ずかしがってる場合じゃねえぜ・・・・・・。気のある女の子は、声かけたときよろしく頼むな。
       
       こうやって昔を懐かしむことができるのも小林正観の過去を受け容れる、ということができたからでしょうか。ありがたいことです。こうやってネットで情報を配信できるのも、これまでも宇宙が用意したシナリオどおりということでしょうか。随分と奇想天外なシナリオです。人に歴史ありとはよく言った言葉です。
       これまで僕に、豊かな暮らしを提供してくれた全てのものに感謝します。

       こんなとりとめのないひとりのおじさんの身の上話ですが、参考になれば幸いです。
      葉風 * 私事 * 17:44 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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